特集『Hidden unicorn企業~隠れユニコーン企業の野望~』では、非上場ベンチャー企業の各社のトップにインタビューを実施。今後さらなる成長が期待される隠れたユニコーン企業候補のトップランナーたちに展望や課題、戦略について聞き、各社の取り組みを紹介している。今回は、株式会社ABEJA(アベジャ)代表取締役CEOの岡田陽介氏に今日までの経緯や事業の特長、将来の展望などをうかがった。

株式会社ABEJA(アベジャ)は、東京都港区に本社を構える2012年に創業したAIベンチャーだ。「ゆたかな世界を、実装する」という経営理念のもと、データ生成からデータ収集、データの加工、データ分析、AIモデリングまでデジタル変革(DX)の完遂に必要となる主要プロセスに一気通貫で対応するソフトウェア群「ABEJA Platform」を基盤とし、顧客企業の基幹業務のプロセスを変革し、ビジネスの継続的な収益成長の実現に伴走する「デジタルプラットフォーム事業」を展開している。本稿では、インタビューを通じて何を思い事業を運営し、どこにビジネスチャンスを見出しているのかなどさまざまな視点からメスを入れていく。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

岡田 陽介(おかだ ようすけ)――株式会社ABEJA代表取締役CEO 兼 創業者
1988年生まれ。愛知県名古屋市出身。10歳からプログラミングをスタートし、高校ではCGを専攻。文部科学大臣賞のほか国際会議発表多数。ITベンチャー企業を経て、2012年、株式会社ABEJAを起業。

AI・データ契約ガイドライン検討会、カメラ画像利活用SWG、IoT新時代の未来づくり検討委員会産業・地域づくりWG、AI 社会実装推進委員会など政府有識者委員会で委員を歴任。一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)理事(2017年~)や、那須塩原市DXフェロー(2021年~)も兼任している。
株式会社ABEJA
2012年9月、東京都港区でディープラーニングを活用したAIの社会実装事業を営むことを目的に創業。経営理念「ゆたかな世界を、実装する」をもとに「ABEJA Platform」を基盤に顧客企業の基幹業務のプロセスを変革し、ビジネスの継続的な収益成長の実現に伴走する「デジタルプラットフォーム事業」を展開している。

ABEJA Platformは、創業時から研究開発を進めており、これまで多種多様な業界・業態の300社以上のデジタル変革をABEJA Platform上で実現している。

目次

  1. 人とAIが強調する仕組みを提供
  2. ディープラーニングとの出会いを機に起業
  3. DXやAIへの需要を追い風にさらなる成長を目指す

人とAIが強調する仕組みを提供

―― 最初に株式会社ABEJAの事業内容や特長をお聞かせください。

株式会社ABEJA代表取締役CEO・岡田陽介氏(以下、岡田氏):ABEJAのビジネスモデルは、例えて言うならデジタル版のEMS(Electronics Manufacturing Service:電子機器の製造受託)と申し上げています。

顧客企業には、DXに必要な全工程に対応できる、最先端の製造機械と製造ノウハウを搭載した「ABEJA Platform」をご活用いただいています。具体的には、ABEJA Platformは工場のパイプラインにあたるものをデジタル上で標準装備していて、顧客企業と完成イメージをすり合わせ、ABEJA Platformの持つDXのパーツをラインに組み込んでいきます。そして稼働する際には、顧客企業やABEJAの社員がラインに入ってオペレーションを回し、全体をABEJAが管理する形になります。生成AIの領域の1つである大規模言語モデルも「ABEJA LLM Series」という独自に高性能なものを開発し、顧客企業は利用していただける形になっています。これまでに製造業や小売流通業、金融業など300社以上の多種多様な業種・業界で導入いただき、製造プロセス改善や店舗解析などに役立っています。

▼ABEJAのビジネスモデル

(画像提供=株式会社ABEJA)

現在は、台湾のTSMCやフォックスコンなど電子機器の製造受託企業がたくさんありますが、本来であれば日本の製造業の下請けと同じような評価となりそうですが、両社はそうではない高い次元の企業価値を実現しています。これは、製造パイプラインのプロセス自身に競合優位性があり、単なる下請けではない価値を提供しているからです。

例えばAppleやNVIDIA、インテルがTSMCに発注している5㎚(ナノメートル)のような極小のチップセットは、彼らにしか量産することができません。独占的に受注できるプロセスになっていますが、そのデジタル版・AI版が弊社になりつつあります。従来、「AIの開発はどのAIベンダーに任せても変わらない」と考えられていました。しかし現状では、エンタープライズ企業が手がけるミッションクリティカル性の高いAIの利活用において、弊社のプレゼンスは高まっています。なぜならAIの精度は100%ではないことを前提にしているからです。日本のエンタープライズ企業は、100%の精度を求めるがゆえこの矛盾に苦しんでいました。弊社は、AIの精度について「100%を確約するのは不可能」と考え、人とAIが協調することで合計100%にして提供することを提案しています。AIの精度が60%、70%であっても、残りは人がカバーするスタンスで結果的に100%の精度を担保して導入できるのです。企業さまのなかには「100%にならないなら本番に導入できないから意味がないのでは?」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし弊社の場合は「最初から70%の精度でも、残りを人がカバーするオペレーションを構築しますからご安心ください」という形で仕組みを提供しているのです。この提供手法も含んで、「ABEJA Platform」は成り立ちます。

――導入事例をご紹介ください。

岡田氏:2022年1月に三菱ガス化学(MGC)さまと協業し、AIを活用したプラント内の腐食配管の外観検査システム開発および運用を開始しました。化学プラントの内部では、配管の腐食が進むと液漏れが起き、爆発事故を起こす可能性がある点が大きなリスクです。

三菱ガス化学さまは、安全かつ安定的な運用のため、化学プラント配管の外部腐食検査を定期的に行っています。例えば運転担当者が腐食配管の画像を撮影し、保守担当者が画像を見て対策を判断するといった具合です。このなかで、検査の抜け漏れ防止が最も重要であることから、撮影する画像は膨大な枚数になり、担当者の負荷は多大になっていました。

そこで人の判断にAIを活用して支援し、人の負荷を軽減することを目的に「Human ㏌ the Loop Machine Learning」を実装したABEJA Platform上でのシステム構築に両社で着手しました。こういった課題に対して多くのスタートアップやコンサルティングファームは、大量の画像のなかから欠陥を検知するAIを作ろうとしますが、精度が80%では十分ではありません。

一方弊社の場合、運転員が撮影した腐食画像に対して、AIが腐食箇所を特定してその度合いを判定し、運用するなかでAIが再学習させる仕組みを導入しました。これにより検査用の膨大な撮影画像のデータ化、検査結果の効率的な管理が可能になったのです。

撮影画像データから腐食度合いをAIにより自動判定し、その結果を人間が修正することで実現した、AIの再学習・精度向上を実現するシステムは、2022年1月より新潟工場で運用が始まりました。すでに撮影や画像の選別など検査にかかる人的コストは約50%削減を達成しています。

▼三菱ガス化学とのプロジェクト

(画像提供=株式会社ABEJA)

特長は、やはり「人とAIの協調」です。AIは、多くの画像を判定することで精度を高めることができますが、決して100%にはなりません。つまり残りは「人ががんばる」ということです。保安員とAIの間でキャッチボールが始まり、その結果AIが再学習し精度を高めて人の負担を軽減することができます。人命にかかわることだけあって、本番で運用が始まったのは今回が国内初のケース(ABEJA調べ)だと思います。

――これまでに300社以上が御社の仕組みを導入しています。

岡田氏:近年は、DXブームということも重なり、先方さまからお問い合わせいただいたり、導入企業さまからの紹介で相談が舞い込んだりするケースが目立ちます。弊社は、SaaS(Software as a Service)の提供形態でライトなAIのプロセスを提供するのではなく、ミッションクリティカル性の高い案件を手がけていることが特徴です。

GoogleやAmazonのように「プラットフォームを作ったのでセルフライドで使ってください」というのも良いですが、使いこなせる日本企業は限られます。そのため弊社のように「ABEJA Platform」、つまり工場の仕組みを提供することで、各企業さまはAIを導入しやすくなる点は大きなメリットといえるかもしれません。

なかには、ゼロからフルスクラッチで特注品のAIシステムを開発する同業他社もありますが、弊社はEMSとして人や工場の枠組みなどをトータルで提供しています。ビジネスモデルや提供する価値も同業他社と異なり、独特なポジショニングであることが強みになっていると思います。

ディープラーニングとの出会いを機に起業

――創業の経緯をお教えください。

岡田氏:実は、弊社の前に別で起業をしていたのですが、うまくいかず、その時に良くしていただいた方が経営するIT系ベンチャーに入社しました。その後、派遣されたシリコンバレーで出会ったディープラーニングに触発され、2012年にABEJAを設立しました。創業当初から「ディープラーニングを含めたAI技術全般が今後は伸びる」と考え、資本を投下しています。

一方、当初注力する事業・業界は決まっておらず、当時23歳で製造業のコアプロセスを担うには若すぎたこともあり、最初は小売流通業から製品を提供し始めました。作っていたものは、ABEJA Platformの仕組みそのままです。流通から適応し始め、2016年にダイキン工業さまとの提携を機に製造業に参入しました。2021年4月からは、SOMPOホールディングスさまと連携するなど徐々に事業領域を拡大させています。2023年現在は、多くの業界で導入いただいています。

――ブレイクスルーを挙げるとしたら、いつごろですか。

岡田氏:いくつかあると思いますが、2016年くらいにようやくAI、特にディープラーニングが多くの企業に認知され始め、これを機にビジネスが拡大しました。今は、2022年11月にリリースされたChatGPTが話題ですが、大きなテクノロジーブレイクスルーがあったと認識しています。

弊社のビジネスモデルにおいては、すでにある工場のパイプラインに新しいプロセスを導入するだけなので、AIを活用可能なプロセスがあればあるほど用途は増えていきます。直近でもChatGPTの基幹技術でもある大規模言語モデル(LLM)の弊社独自版をABEJA Platformに搭載しました。

――若くして起業されていますが、資金面での苦労はありましたか?

岡田氏:おっしゃる通りお金がないところからスタートしましたが、幸いVC(ベンチャーキャピタル)や事業会社の方々に良くしていただいています。おそらくGoogleとNVIDAから出資を受けているのは、国内で弊社だけです。ディープテックと呼ばれる長期投資が必要な事業領域に対してご理解いただきながら、粛々と事業を進めさせていただいており、とても感謝しています。

――AI人材の採用は順調でしょうか?

岡田氏:人材獲得競争になっていることは、たしかです。ただし弊社は、2012年からAI関連事業を手がけており、ブランディングやその他の面で大きな強みとなっています。

――事業を進めるうえで大切にしていることはありますか?

岡田氏:弊社は、「ゆたかな世界を、実装する」を経営理念として掲げています。テクノロジーの進化は、科学技術者としておもしろく根源的な欲求にもとづいていますが、これをどう社会に実装していくのかが重要です。

この経営理念を実現するための行動指針として、弊社は、「テクノロジー」「リベラルアーツ」「アントレプレナーシップ」の3つを円環させた「テクノプレナーシップ」を掲げ、常にリベラルアーツで「ゆたかさ」を問い続けながら、テクノロジーを活用し、アントレプレナーシップの原動力をもってイノベーションを実現することを目指しています。

現在、製造業や化学プラント、金融などミッションクリティカル性が高い分野での適用が顕著になってきましたが、産業全体をAIで変えていきたいと考えております。その実現のために一見するとあまり利益に結びつかないと思われる部分にも積極的に先行投資もしています。

例えば、弊社は、この企業規模ながら倫理委員会を設置しています。無駄だと思われる人もいるかもしれませんが、AIポリシーなどの倫理的ガバナンスがなければ、昨今のグローバルな議論のなかで太刀打ちできません。テクノロジー単体、ビジネス単体ではなく、複合的な視点を持って、テクノプレナーシップ観点を大切にしているのが、私たちの特長です。

DXやAIへの需要を追い風にさらなる成長を目指す

――さらなる成長を目指すため、今後の目標・展望をお聞かせください。

岡田氏:国内市場でDXやAIは、成長する可能性を秘めているため、この部分をしっかりと押さえていくことが肝心です。現状ですと、お客さまの拡大・深掘りに関しても需要が大きく結果として弊社の収益が拡大していくと良いと考えています。また弊社のデジタル版EMSの仕組みを継続的にアップデートすることが競合優位性の源泉になるので、拡充やメンテナンスにも努めないといけません。そのためには、新卒も含めた人材採用も積極的に進めたいと思います。

――最後に、ZUUonlineの読者にメッセージをお願いします。

岡田氏:DXやAIは、数年前までは最先端な空気感があるイメージでした。しかし現代では、実装段階に入っていてミッションクリティカル性の高いエンタープライズ領域で導入が始まっています。弊社は、2012年からABEJA Platformに投資し続け、顧客企業のミッションクリティカルな案件においても導入いただくなかで、多角的なテクノロジーをそろえさせていただいていると思います。実装を進めることで、日本におけるエンタープライズ性の高い企業にAIの導入が浸透していくと思いますので、ぜひご期待ください。