この記事の情報は2023年1月30日時点での情報です。

特集「令和IPO企業トップに聞く~経済激動時代における上場ストーリーと事業戦略」では、IPOで上場した各社の経営トップにインタビューを実施。激動の時代に上場した立場から、日本経済が直面する課題や今後の動向、そうしたなかでさらに成長するための戦略・未来構想を紹介する。

株式会社オーケーエムは、滋賀県野洲市に本社を構える特殊バルブのグローバルニッチトップ企業として知られる、1902年創業の老舗企業だ。100年を超える企業がコロナ禍となる2020年に入ってから上場した理由は何なのだろうか。今回は、代表取締役社長である奥村晋一氏に企業概要や上場に至った経緯、将来の展望などの話をうかがった。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
 

奥村 晋一(おくむら しんいち)――株式会社オーケーエム代表取締役社長
1966年12月13日生まれ。滋賀県東近江市出身。青山学院大学大学院物理学専攻修了後、1991年4月に横河電機株式会社へ入社。1992年4月の横河アナリティカルシステムズ株式会社への転籍を経て1997年4月に株式会社オーケーエムへ入社。2006年に取締役に就任し、生産統括本部長、国際統括本部長などを歴任。

その後、常務取締役、取締役副社長を経て2021年6月に代表取締役社長執行役員に就任し現在に至る。
株式会社オーケーエム
1902年1月、滋賀県蒲生郡蒲生町(現:東近江市)で木挽鋸(こびきのこぎり)の製造業として創業。1952年8月にバルブ専門メーカーに転換した。1962年5月、前身となるバルブと鉄工品製造販売を目的とした株式会社奥村製作所を設立。建築や発電、造船、各種プラントなど幅広い業界へバルブを提供してきた。

1993年4月、現在の商号に変更。2020年6月には、船舶排気ガス処理装置用バタフライバルブが経済産業省の「2020年度版グローバルニッチトップ企業100選」の機械・加工部門に選定された。同年10月には、滋賀県野洲市に研究開発センターを新設し、産学官連携により製品やサービスの改良や次なる成長を模索している。

2020年12月に東京証券取引所第二部(現:スタンダード)市場へ上場し現在に至る。

目次

  1. 創業120周年を迎えた老舗バルブメーカー
  2. 上場に伴い人材採用や資金調達面にメリット
  3. 2031年3月期に連結売上高200億円。事業領域もますます拡大

創業120周年を迎えた老舗バルブメーカー

―― 最初に株式会社オーケーエムの概要・事業についてお聞かせください。

オーケーエム代表取締役社長・奥村晋一氏(以下、社名・氏名略):弊社は、1902年創業で100年企業の老舗の工業用バルブメーカーです。日本を中心に中国、韓国、東南アジアなどで販売を展開しており、船舶排ガス用バルブでは世界シェアトップを誇ります。2022年に創業120周年、会社設立からは60年を迎えました。

カスタマイズに強みを持ち、お客さまの個別ニーズにできるだけ細かくお応えし、製品をご提供するのが弊社の特長です。従業員は連結で326名(2022年3月末時点)在籍し、2023年3月期は売上高95億円、営業利益8億2,000万円、当期純利益5億2,000万円を予想しています。

工業用のバルブには多くの種類があり、そのなかでも弊社が主に生産しているのは弁体(輪っかの中の円板)を90度回転して流量を調整するバタフライバルブやプレートの出し入れで開閉するナイフゲートバルブ、ゴムチューブを押し挟んで流路を開閉するピンチバルブです。

標準的な製品は、計画的に生産し在庫を持ちますが、先ほど申し上げた通り弊社はカスタマイズしたバルブも非常に多く提供しています。例えば「船の底に配管があり操作は甲板でしたい」といったニーズに合わせて、配管から離れた場所でバルブの操作ができるものや、動力を失ったときには閉まるようにするものなど、個別に設計・開発しているのが特徴です。カスタマイズした製品を提供するのは、弊社のビジネスモデルといえるでしょう。

▼オーケーエムが手がけるバルブの種類

高層ビルや遊園地、空港や駅、工場など、私たちの社会や暮らしを見わたすと配管のあるところすべてにバルブが取り付けられており、いわば生活・産業のインフラとして機能しています。そのためほぼすべての産業分野に弊社のバルブが使われているといっても過言ではありません。

例えば大阪の「あべのハルカス」など高層ビルでは、空調設備や上下水道、スプリンクラーといった消火設備、タンカーなら石油などを出し入れするライン、船体の姿勢を制御するバラストシステム、エンジン燃料の冷却ライン、排ガス処理などにバルブがたくさん使われています。造船・重機や半導体、食品・医療、超高層・複合ビル、駅、空港施設、アミューズメント開発など幅広い業界で活躍する大手企業に製品を納めているのが現状です。また多様な業界とお付き合いがあると流体制御に関するさまざまな情報も得られ、それが次のマーケティング・開発に活かせるメリットもあります。

▼船舶におけるバルブの使用事例

自社が主体となった製品の設計・開発をしているのも強みです。最高700度の熱風を発生させ高温状態でバルブの性能・特性を評価する高温流体試験装置など、各種実験プラントを自社で所有しデータを収集、解析。顧客の仕様に合わせたさまざまな試験を通じてデータ、ノウハウを蓄積してさらなる新製品の開発に活用できます。

弊社では、約20機種のバルブを扱っていますが、サイズや部品、材質、制御方法を組み合わせると10万種類のラインナップを用意することが可能です。なかでも船舶排ガス用バルブは、弊社の成長ドライバーです。同製品を扱うエンジンメーカーは、日本・中国・韓国の3ヵ国ですが、弊社の世界シェアは約50%、日本シェアは90%を超えます。昨今は、環境規制強化により船舶エンジンに排ガス浄化装置の追加が必要になりました。そのため需要の拡大が見込まれ、国内外で売上が拡大しています。

▼船舶排ガス用バルブは今後の成長ドライバー

上場に伴い人材採用や資金調達面にメリット

――創業120周年を迎えたとのことですが、今日までの事業の変遷をお聞かせください。

奥村:弊社の祖業は、バルブではなくノコギリです。当時、滋賀県内の湖南地域では林業が盛んでノコギリを作るメーカーもたくさんあったことから、1902年に滋賀県蒲生郡蒲生町(現:東近江市)で鋸切製造所を創業しました。

▼祖業は鋸の製造

(画像=株式会社オーケーエム)

その後、第2次世界大戦が終わると自動鋸が台頭したことにより、1952年に鋸製造事業から撤退。第2の創業となるバルブコックの専門工場に転換し、製造販売を広めました。滋賀県彦根市は、バルブメーカーが集積していてノコギリで鉄を扱っていたことも関係したと思います。その後、1962年には株式会社奥村製作所(現:株式会社オーケーエム)を設立しました。

バルブを生業にして約70年経ちましたが、いまは第3の創業ということで新たなことに挑戦していく局面です。2020年12月には、東京証券取引所第二部(現:スタンダード)市場に上場しました。実は、30年前に店頭公開を目指しましたが、バブル経済が弾けたこともありいったん見送った経緯があります。

その後も2000年代に入りITバブル崩壊やリーマンショックがあり、今回が3度目の正直となる上場です。これに伴い、いままでコンタクトのなかった企業さまから引き合いをいただいたり、メディアにも数多く取り上げられたりしたことで、バルブに関するご相談が増えました。地元での知名度も高まり、新卒採用の応募が10倍になるなど人材採用面でもメリットを感じています。

また上場前は、感覚的な発言・議論が多かったように思いますが、いまはロジカルシンキングするように鍛えられ、社内の管理能力も向上しました。金融面では、IPO前の2020年10月に研究開発センターを竣工しました。一時的に借入による資金調達でまかないましたが、その後、上場による資金調達ができ、借入金は返済しました。

上場により銀行の信用度は、格段に上がったと思います。上場により直接金融できる可能性ができたので、今後事業成長のための資金調達手段は、多様化できたと考えています。

2031年3月期に連結売上高200億円。事業領域もますます拡大

――御社はコロナ禍真っただ中の2020年12月に上場しました。以降、日本経済は激動の時代を迎えていますが、今後の経済動向が御社のビジネスに及ぼす影響についてお聞かせください。

奥村:コロナのタイミングで上場する是非は、社内でかなり議論しました。最終的には、2020年12月に上場しましたが、コロナは2022年時点で継続中です。また現状は、ロシアによるウクライナ侵攻など外部環境の変化による影響はすさまじいため、上場のタイミングとしてはよかったと思います。

一方、大国に翻弄されている現代では、次世代のエネルギー開発や半導体工場を国内に回帰する動きも少なくありません。裏を返すと「安定的にエネルギーを調達できない」「モノづくりに必須な半導体が手に入らない」といったことを意味しますが、日本への設備投資が増えることは弊社にとってメリットだと考えています。

大きな流れのなかでは、少子高齢化で消費市場の全体的な構造は変わっていくのではないでしょうか。従前と同じやり方だと衰退を招く恐れがありますが、変わり目は新しいことを始めるチャンスともいえます。社内的にも変化を捉え先回りしたマーケティング・開発を進め、世の中に提案していく次第です。

日本は、DXに関して欧米や中国に比べて一人負けを喫しており、弊社も先取りできていません。しかし前向きに捉えて業務の変革やDXをセットにし社内に変化を起こしたいと考えています。弊社の事業の変遷を見ても変化の時代に何か始めていて、それはこれから先も変わりません。変化を好む、社内も変化していくことを大事にしたいです。

例えばバルブ業界は、とても保守的で営業担当者が自らのノウハウをもとにお客さまを開拓・提案しているのが実情です。個人商店的なスタイルが色濃く、このままでは次代に通用しません。そのため営業スタイルの脱皮にも、デジタルの活用は必須だと考えています。

弊社の生産現場も管理システムを入れていますが、アナログと混在しているため、デジタルツールを使った情報収集・管理手法の導入に向け社内で検討を進めている最中です。

――円安は御社のビジネスにどう影響していますか。

奥村:仕入れ面では、デメリットが際立ちます。しかしお客さまにも材料高による価格転嫁を受け入れていただいているところです。一方、国内のルートを太くしたり他国から調達するなど、サプライチェーンでは材料の仕入れルートの複線化に努めています。

――今後、さらなる成長を目指すため、今後の目標や5年後、10年後に目指す姿をお聞かせください。

奥村:中期経営計画では、脱炭素やクリーンエネルギーに関連する新しい製品・サービスと販売体制の確立を目指しています。10年後の姿としても中長期ビジョン「Create 200」を掲げ、2031年3月期には連結売上高200億円を目指します。その第1次中期経営計画が2022年4月に始まりました。これを第2次、第3次とつないでいき目標額までもっていきます。

▼中長期ビジョン「Create 200」

このなかでは、既存のバルブ事業をベースにした新たなカスタマイズバルブ、さらにはメンテナンスも事業にするなど視野を拡大するだけではなく、M&Aも選択肢にあります。足元では、液化天然ガス向けのバルブは開発が完了しすでに出荷も始まりました。現在、液化水素用のバタフライバルブの開発をはじめ、船の燃料として使われるアンモニアが流れる配管に使われるバルブの開発も進めています。

▼今後の事業戦略(一例)

――最後に投資家や富裕層にメッセージをお願いします。

奥村:中期経営計画に合わせて「いい流れをつくる。」とのパーパスを定めました。流体など目に見えるもの、ステークホルダーの思いなど目に見えないものを私たちがつなぎ、社会の課題をしっかりと考え、働きやすく暮らしやすい世の中にしていくということです。独創的な技術でそれをかなえたいと考えています。

お客さまのニーズに細かくお応えすることで事業を発展させ、発展を通じてお客さまや社員、株主さまの満足度を上げ、持続可能な社会に貢献したく、そんな姿を多くの方にご覧いただきたいと思います。