藤原 究(ふじわら きわむ)准教授
早稲田大学法学部卒業、早稲田大学法学研究科博士後期課程修了(博士(法学))。民間企業勤務を経て、現在、杏林大学総合政策学部准教授。専門は債権法、公益法人法、キャリア教育。キャリア教育を重視する総合政策学部のカリキュラムを策定し、多くの科目を担当する。1年必修科目の「ライフ・プランニング」は金融経済教育を推進する研究会の報告書において先進的な金融リテラシー教育として取り上げられている。
ー はじめに藤原先生の自己紹介をお願いします。
藤原究准教授:私の学問上の専門は債権法とスポーツ法、公益法人法ですが、本学入職前に民間企業に勤務した経験があるのとともに、学生時代に就職活動をサポートする活動をしていた関係から、本学部でのキャリア教育再編に際してカリキュラム作成のメンバーとして、現在のキャリア教育の骨格を作るとともに、現在もキャリア教育関係の講義を複数担当しています。
ー 金融庁は近年、国民の金融リテラシー向上を図る「金融教育」を国家戦略として推進することを提唱しています。この金融庁の提言について藤原先生の感想をお聞かせください。
藤原究准教授:金融広報中央委員会が2005年を「金融教育元年」と位置づけて金融庁・内閣府などが取り組みを強化してきたわけですが、当時は経済環境もあまり芳しくない状況下で環境面として条件が悪かったこともあり、その趣旨が広く全ての教育現場に行き渡らせることができなかったのではないかと感じています。現在のように、暗号資産やNFTなど金融資産が多様化・複雑化していく中で金融教育の推進は非常に重要だと思います。その上で、どのような形でやっていくのかについて知恵を出していくことが必要だと思います。他方で、これまでやってきた方法やあり方が金融教育という枠組みの中でどのような効果があったのかについては、もう一度精査しながら、より良い金融教育を目指していくことが必要だと思います。
ー 現在、金融教育の機運が高まっているのは何が要因なのでしょうか?
藤原究准教授:大学生との関わりの中で感じるのは、まず金融商品絡みの被害者になる大学生の存在です。知識が十分ではない大学生を狙って、適合性違反の勧誘行為を行うという場面がよく見られます。こうした被害はかなり大きい被害にならないと表面化しないものですが、キャリア相談の過程などで明らかになることもありました。これまでの金融教育は、お金との付き合い方を中心になんとなく理解している学生もいましたが、例えば具体的に投資という部分であれば、「怖いから近寄りたくない」という層とSNSなどの影響で「一攫千金できるからチャレンジしたい」という層に二極化されている印象です。もちろん、その他にも我々はキャリア教育として将来必要な資産形成とそれを形成するために必要なキャリア形成を含めた形で教育しています。そうしたトータルで教育するという取り組みの不足が、結果として、「老後2000万円問題」のように十分な知識なしに漠然と不安を抱く人たちのパニックにつながるとも言えるわけで、金融教育の機運の高まりはそうした点で必然性があると思います。
ー 杏林大学ではキャリア教育の中で、金融リテラシーを1年生の必修科目としていますよね。一般的な大学のキャリア教育と比べて、ユニークな印象を持ちました。どのような狙いでこのような構成にしたのでしょうか?
藤原究准教授:いくつかのルートが考えられたのですが、大学に入学したばかりの1年生に生きる意味・働く意味とか労働が社会にどう貢献するかについて話しても意外に関心は薄いなと感じました。回答も模範的なものが多く、あまり実感を持って聞いていないようでした。そこで、やはり大学生になってこれから新生活という気持ちの中で、人生100年時代の中で自分がどういうスタートを切るかを、全員に共通する「マネー」を軸に考えるという建付けを考えました。その上で、自分のキャリア形成をどうするか、生き方をどうするかということをトータルで現実感を持って考えることにつなげていこうと考えています。ですから、授業では最初に、結婚したいか、子どもは欲しいか、配偶者にはどんな働き方をして欲しいか、どこにどんな家を建てたいかを聞いたりしています。そこから必要な生涯年収を逆算したり、保険や投資との付き合い方を学んで、必要なキャリア形成のイメージにつなげるというふうに授業は進行します。
もう一つは、我々の学部は総合政策学部ということで、法律、行政、政治、福祉、国際関係、経営、会計など社会科学の7分野を広く学べるという特徴があります。高校までの段階で将来を決めきれない学生やどれか一つに絞らないで複数分野を広く学びたいという学生は実は多くいて、志願者も堅調です。そうした背景を持って入学した学生にとって、「ライフ・プランニング」という授業は、これから学ぶことができる7分野が社会のどの部分に連結しているのかをわかってもらうというブリッジ科目としての側面もあります。金融関係を含めた時事的な話題に触れながら、経済や経営、法律の側面からどのように見るべきかという話の展開は、多くの学生にとって興味深く映っているように感じています。
ー 「人生やキャリアプランを直接考えるのは難しいので、金融という観点から現実を見つめてほしい」という理解でよろしいでしょうか?
藤原究准教授:経済環境も影響しているのか、多くの学生はお金のことには敏感なので、お金の話を経由すると意外に関心を持ってくれるので、その部分をキャリア教育と学問教育の入り口にしたいということですね。
ー 杏林大学の総合政策学部には、1年次に受講可能な「ライフ・プランニング」というキャリア科目がありますよね。この科目で学んだことを2年次以降の学習にどう繋げていくのか、詳細を少し教えていただけますか?
藤原究准教授:「ライフ・プランニング」で学んだことは、2年次以降2つの点でつながっていきます。1つは専門科目への繋がりです。本学部は2年次に専門についてコース選択を行います。先程挙げた7つの分野から主に勉強する分野を1つ選ぶことになります。そうしたコース選択の下地として、ライフ・プランニングで学んだ内容が役立っているようです。また、もう一つはキャリア教育です。1年生で学んだライフプランやマネープランの中から出てきた自分が考える働き方の形や興味関心について、どのように仕事やキャリアに結びつけていくかということを、今度は自分の現在の姿から辿っていくというキャリア教育科目へとシフトします。
ー 学生の反応はどうでしょうか?「ライフ・プランニング」の授業のおかげで、自分の進路が明確になったという意見もあるのでしょうか?
藤原究准教授:「自分がどういう人間なのか」とか「どのように生きるか」というテーマはなかなか重たくて、高校を卒業したばかりの学生にとっては大学選択で葛藤した後に、そこを出発点にすると将来を考えるということがかなり厳しく重たい作業になります。ですが、自分の身の回りの生活や好きなものとの付き合い方などからキャリアを考えるということは、1年生にとってもとっつきやすくて、身につきやすいようです。また、授業の内容の多くがファイナンシャルプランナー(以下、FP)の資格試験とリンクしているので、その受験に結びついてもいます。
ー 資格試験の勉強にも繋がる実用的な授業でもあるんですね。
藤原究准教授:FP技能検定は、社会人にとって自身の目標達成を助ける、理解しておくべき知識という部分がありますので、学生のうちにそこにチャレンジするというのは、合格したときの達成感を含めてとても良い効果があります。
ー 実際にFPの試験を受験した学生もいるのでしょうか?
藤原究准教授:もちろん受験料もかかるので、必須というわけではありませんが、受験を推奨しています。内定後に企業側からFP資格の取得を求められることもあるようで、その際にはすでに取得していることになって、良かったと言っている学生もいますし、そもそもの進路選択にも影響があったという学生もいますね。
ー 学生のキャリアに色々な形で繋がっていく授業なんですね。
藤原究准教授:多くの学生に授業のコンセプトは伝わっていると思います。
ー そのような授業を実際に受けると、学生の中には投資を試みたり、資産運用について考えたりする学生も出てきそうですね。実際にそのような学生は存在しますか?
藤原究准教授:いますね。ただ、学生時代は潤沢な資金を持っている学生は多くありませんので、就職後に授業のことを思い出して、初任給からNISAを始める学生も多いようです。
ー やはり大学生のうちは、資金面の問題で積極的な投資をする人は少ないんですね。
藤原究准教授:アルバイトで稼いでいる収入は結構ギリギリで、その余剰を投資に回すというところまで至っていないのかと思います。ただ、金融リテラシーの問題としては、実際にあったんですが、バイナリーオプションの商品について勧誘を受けた学生に対して、その友人が金融庁のウェブサイトを調べてこの商品は結構複雑で、リスクも高いよというようなアドバイスをしている光景を見ると、授業の効果はあったかなと思います。自分ですべてをわかっている必要はなくて、いかに必要な知識を保持しつつ、わからないものは調べて学んでいく、そしてそれでも理解できないものについては、取引しないというのはまさにリテラシーだと考えています。暗号資産の仕組みはわからないけど、流行ってるから、儲かりそうだからで手を出す人が減るということも教育の効果だと思います。
ー 「調べたら理解できる」ということを認識できる力も重要なのですね。
藤原究准教授:学生は、情報商材や投資詐欺などのターゲットになりやすい側面があります。こうした際に一度立ち止まって情報を集め、分析して考える、そして判断するという習慣を身につけた上で、身の丈にあった取引につながっていくことが正しい姿ではないかと考えています。
ー 現在は、高大連携の形で金融教育が推進されている過渡期だと思います。この動きが続くと、学生や社会全体にどのような影響が出てくるでしょうか?
藤原究准教授:中学や高校の家庭科の授業で取り組むとすると、どうしても中高生の普段の生活から遠い部分の内容についてはなかなか興味関心をもたせるのは難しいのではないかと思います。金融についての学びというのは、もともとなにか勉強していた知識だけで投資をするというよりは、投資を始めるために今から勉強するというひとが結構な割合いると思います。つまり、金融教育は、結局如何に金融が自分に近い存在として存在するかということが大事なのではないかと思います。そうした点からも、中高では大学よりも学べる範囲は限られてくるのではないかと思います。ただ、成人年齢が引き下げられ、学ぶ必要性を身近に感じている子が高校生にも増えていくと思います。そのため、高校と大学の連携を積み重ねることは、健全な環境を作ることに役立つのではないかと思います。健全な環境とは、投資家が教育機関によってニュートラルな形で金融教育を受けた上で、市場で売り手と対峙する状況だと思います。我々大学は、社会に出る最後の部分での金融教育を担っているという責任を感じなければならないでしょう。
ー 高校生に対して実感をともなう教育を提供することは、たしかに困難な部分があります。杏林大学では、実践を通した授業をどのように提供しているのでしょうか?
藤原究准教授:キャリアの科目とは別ですが、私と複数の教員で担当する「学際演習」という科目の中には、株式の模擬トレードを通じて企業分析の方法と資産形成について学び、実践するという授業があります。受講した学生からは、「ライフ・プランニング」の授業のことが役に立ったというコメントも多くもらっています。キャリア選択だけではなく、投資判断や資産形成にもつなげていければいいなと思いますね。
ー 先生のお話を伺い、金融教育がキャリア形成や自衛手段、さらには社会の多様な要素と深く結びついていることが理解できました。
藤原究准教授:金融教育は、いろいろな知識の入口になりうると思います。伝え方や、興味関心の掘り起こしなど教員の側で工夫していけば身につけられることは多いですね。
ー 金融教育は、実務家教員の方が主導するイメージを持っていました。しかしお話を通じて、大学のアカデミックな部分に精通した先生方が教えたほうが、2年次以降の教育へスムーズに接続できるように感じました。この点について、藤原先生はどのようにお考えでしょうか?
藤原究准教授:実務家教員の方がやられる場合にはいい点も多くあるのですが、その実務ベースの話に偏ったり、売り手側の論理が表に出すぎたりすると、学生からは乖離していく面もあると思います。学生はまだ社会との接点が多くないので段階的に学ぶ必要があります。あとは、普段専門科目を教える教員が担当すると、自分の専門に引き付けて話せる部分が出てきます。この話は2年生以降のこういう部分につながるんだよという話ができると、今後の話が入りやすくなる部分があります。学生との話し方や伝え方は、普段から大学で学生と触れ合っている我々のような教員の方が上手かもしれません。
ー 最後の質問です。金融教育において大学が果たすべき役割をお聞かせください。
藤原究准教授:社会人として社会に出た後は、情報の取捨選択は自分でやらなくてはいけないわけですよね。証券会社や銀行、あるいはメディアからいろいろな情報を入手することができます。大学は最後にしがらみのない状態で、金融教育ができる場となるわけで、重要な役割を担っています。人生やキャリアを考えていく時に、無視して通ることができないのが金融であり、金融教育を通じてその正しい取り扱いを伝えるという役割を果たすために我々も研鑽を続けていきたいと考えています。