家森 信善(やもり のぶよし)教授
 
家森 信善(やもり のぶよし)教授

家森 信善(やもり のぶよし)教授

神戸大学経済経営研究所にて、金融システムに関して実証的に研究。現在最も力を入れているテーマは「地域経済の再生・振興に金融を活かす」ことであり、地域経済にとって必要とされる金融のあり方を追求している。著書に『マクロ経済学の基礎(第2版)』、『はじめて学ぶ保険のしくみ(第3版)』、『ベーシック+(プラス)/金融論〈第3版〉』(中央経済社)ほか。金融広報中央委員会の委員を務めるなど、政府関係の委員をいくつか兼任。

グローバルスタンダードな金融教育を目指して

ー家森先生のご経歴について教えてください。

家森教授
現在は神戸大学経済経営研究所の教授をしています。専門は金融システムで、金融経済教育にも携わっています。具体的には、金融広報中央委員会の委員を務めたり、財務省、金融庁、中小企業庁などの政府関係の委員もいくつかしています。今は、主に、地域金融と金融経済教育の2つを研究しています。

ー「金融教育は国家戦略」という金融庁の提言について率直な感想をお聞かせください。

家森教授
「金融経済教育は非常に重要である」という考えは、世の中全般にもかなり普及しつつあります。しかし、やはりもう一歩が足りない印象を受けます。金融経済教育を受けたことがある若い人たちは、まだまだ少ない状況です。学習指導要領の改定で大幅に金融経済教育が強化されたため、これが大きな変化になると思っています。

今回の新しい法案が通れば、国家として責任を持って取り組めるようになり、グローバルスタンダードに沿ったものになると思います。

ただし、リソースは限られています。金融経済教育をいかに効率的かつ体系的に実施していくか、そして中立・公正な情報をどう流していくか、この辺りが重要なポイントです。最低限、学校で教えていくようなところはある程度コンセンサスを得て、中立性・公正性を保ちながら実施していく必要があると思います。

「金融経済教育というのは何か?」と問われた時、私は「まずは多くの人が生活設計をしっかり立てることが大切だ」と考えます。

ライフプランニングの視点で考えると、生活の維持や改善の手段として位置づけられているのが金融です。したがって、金融経済教育の捉え方としては、金融の技術的な部分にそれほど比重は置きません。ところが、世の中の考える金融経済教育というと、株の買い方や銘柄の選び方などですよね。しかし、国が実施していく金融経済教育というものは、そうした技術的なことまでは不要だと思っています。

日本の大学が抱える金融教育の課題とは

ー大学での金融教育において課題に感じていることはありますか?

家森教授
金融経済教育に対する誤解があると思います。例えば株式に関していうと、日本経済の成長+α程度の成長を期待して投資していくのが本来の株式投資の姿なんです。

しかし、株式投資に対する誤解があって、株価が1年で倍にならなければ失敗、1年後に株価が投資元本を割ったら失敗、といった短期志向の考え方になると、株式投資の本質を見失った議論になってしまいます。

株式投資ゲームは人気のあるコンテンツですが、私は懐疑的に見ています。プロの機関投資家やアナリストが分析しても、常に勝っているわけではありません。ウォーレン・バフェット氏ならいけるかもしれませんが。そういう特殊な才能を期待するのではなく、少しずつ色々な投資商品を購入し、投資収益を高めていくのが一般投資家のやり方といえます。

それを教えたいと思うのですが、株式投資ゲームだと賭け事をしている感じになります。どの株が上がるかを予想するのは楽しいですし、資本主義における活力にもなります。ただし、学校で「必ず値上がりする個別株を探さないといけません」と教えるのは少し違うと思います。そうしたゲームのあとで、何が起こるかというと、「株式投資ってよくわからないな」「多少勉強したぐらいではダメなんだな」という考えに陥るんです。そうすると結局、株式投資に参加する人は増えず、日本の株式投資家が1割程度しかいない状態が続きます。

株式投資にはリスクがあることを知らせる必要はあります。しかし、過度にリスクに注目しすぎて難しく考えるようになり、投資の世界から距離を置く人も出てくるため注意が必要です。また、株式投資をしない理由を聞くと「お金がない」と答える人が多いのです。ところが、最近では、インターネットを使ってごくわずかな金額でも投資できます。たとえば、携帯電話料金を少し節約すれば、そこから投資できますよね。

つまり、「お金がなくて投資できない」というのは本当の理由ではありません。本当は少額でも投資できることを知らないということも含めて、「知識がない」ことが投資を始められない理由なのでしょう。ただし、どこまでの知識が必要なのかは、難しい問題です。私は保険も勉強していますが、保険のほうがよっぽど難しい。でも、みんな保険には入っていますよね。結局のところ、株式投資においてはみんな難しく考えすぎているんです。

また、日本の大学では、金融経済教育をどのように行うかという問題があります。教養教育科目や専門科目の正規科目として行うことが考えられますが、専門科目で生活者目線の金融教育を行うことはあまりありません。キャリア教育として行う場合もありますが、実施する場所が限られるなど、まだ課題が残っています。

ー家森教授の研究されている金融分野に関して、具体的に伺ってもよろしいでしょうか?

家森教授
私は地域金融と個人金融が専門分野です。個人金融の部分でいうと、2006年頃に住宅ローンに関する論文を書きました。アンケート調査を実施して分析した結果、日本FP学会から賞を受賞しました。

具体的には、金融や制度に対する知識があるかどうかによって、住宅ローンの利用態度に差が出ます。昔は住宅ローンの商品性や金利はどこの金融機関でも同じでしたが、 金融の自由化 により、金融機関によって住宅ローンの商品性や金利は異なるようになりました。商品性としては、たとえば、金利を何年間固定にするのか、どんな保険をつけるのか、繰り上げ返済時の手数料はいくらか、といった内容で各金融機関が違いを出しています。また、同じ年限の住宅ローンでも金利が金融機関によって異なります。

これらの違いは生活者にとって重要なポイントですが、必ずしも知られているわけではなく、どこの金融機関の住宅ローンでも同じだと誤解している方が少なくありません。そのために、金融リテラシーが低い人ほど、住宅ローンを申し込むときに複数の金融機関のローンを比較する人が少ないのです。また、「誰から住宅ローンのアドバイスを受けましたか?」とアンケートを取ったところ、金融の素人の家族や友人からアドバイスを受けた人が多数でした。ほかにも、金融リテラシーが低い人ほど、アドバイスを他人に求めない傾向がありました。
住宅ローンは巨額ですからその金利が1%違えば、返済負担は大きく違ってきます。住宅ローンを比較するとか、専門家の助言を得ると言ったことができれば、大変なメリットになります。このことからも、個人が金融知識を身につける重要性が理解できます。

現在、一定のリテラシーがある人は、Webメディアを使って調べます。なかには専門家を活用する人もいますが、日本ではそうしたケースは多くありません。基礎的な金融知識を必要としている層に情報が行き届いていないのが、今の日本の姿だと思います。こうした点をしっかり整えていくことが、今後の日本に求められています。

金融リテラシーを高めるために自主的な学習を

ー最後に、金融について学んでいる学生や、これから学ぼうとしている学生へメッセージをお願いします。

家森教授
これからの生活を考えると、金融の基礎的な知識は不可欠です。幸い、最近は、インターネットなどで良質な教材が数多く提供されていますので、仮に学校で教えてもらう機会が少なくても、自分で勉強することが可能です。ただ、金融は複雑で難しい面もあります。金融リテラシー・マップにも記されているように、必要な場合に、専門家へ相談するのも立派な金融リテラシーなのです。

18歳成人となり、心配されている問題のひとつは、安易な借金についてです。クレジットカードも借金の一種です。成人になってしまうと、借入について全ての責任を自分自身で負わねばなりません。借金をすることは必ずしも悪いことではないですが、正しいお金の借り方についてもリテラシー(「デット(Debt)リテラシー」と呼びます)を高める必要があります。運用面の金融リテラシーだけではなく、デットリテラシーについても学ぶことが望ましいです。

ーデットリテラシーなどの金融知識を、自分で調べたり専門家へ相談したりして身につける。それが重要ということですね。金融教育によって日本人の金融知識が底上げされることを願っています。本日はありがとうございました。