郡司大志(ぐんじひろし)教授
 
郡司大志(ぐんじひろし)教授

郡司大志(ぐんじひろし)教授

大東文化大学 経済学部現代経済学科教授。財政学・金融論、経済政策を担当。大学から博士課程まで法政大学で学ぶ。文部科学省の研究員を数年勤め、他大学で勤務後、大東文化大学で指導。

――金融庁は「国全体として金融教育を推進する」と、国家戦略として教育を進める旨の提言をしています。教授のご意見はいかがですか。

郡司大志 教授:国家戦略という言葉は、私には非常に大げさに聞こえますね。理由は二つあります。

ひとつ目は、言葉自体が曖昧だからです。そもそも私は、金融教育自体は義務教育で必要なことだと思っています。しかし、それを国家戦略にするというのであれば、具体性を持たせることが大事です。

たとえば「貯蓄から投資へ」という目標は、しばしば耳にする言葉です。しかし、これを国家戦略として実現すべきかというと、私はそうは思いません。

「貯蓄」というのは、経済学的にも、統計上も、非常に広い概念です。「投資」も同様です。「給料をもらって普通預金に寝かせておく」という行為は、「貯蓄から投資へ」という目標からすると、恐らく「貯蓄」に該当するのでしょう。しかし、経済学では、これも投資のうちだと考えます。また、株式投資も、貯蓄のうちだという風に考えます。

「貯蓄から投資へ」という言葉は、おそらく「預金から株式へ」というようなことを意味しているのでしょう。しかし、経済学から見ると、そもそも「貯蓄」「投資」という言葉が示す意味自体が曖昧で、何を言いたいのかわからないスローガンになっているのです。

あくまでも一例ですが、金融教育についても、戦略とするのであればもっと具体的に表す必要があると思います。

――私も「貯蓄」を預金のことだと勘違いしていました。「貯蓄から投資」という言葉も曖昧だと思っていなかったので驚いています。改めて、金融教育の重要性を感じました。
それでは「国家戦略は大げさ」とお考えになるふたつ目の理由はなんですか。

郡司大志 教授:ふたつ目は、教育内容自体の曖昧さです。

「教育」というもの自体が国家戦略になり得るのであれば、それが何を実現するのかを分かっていなければならないでしょう。金融教育を国家的に行うのであれば、学習内容は「金融業に関すること」ということになります。しかし、教育の中身がしっかり決まっているわけではありません。学習指導要領はありますが、各教科ごとにバラバラに内容が決められています。

具体的なプランや具体的な目標があった上で国家戦略というのであればわかりますが、それがない状態で「国家戦略」というのは非常に大げさに聞こえます。

――金融教育の内容を具体的に定めるとしたら、特にどの部分を学ぶべきだとお考えですか。

郡司大志 教授:私は、金融商品についてだと思っております。学習指導要領には、国債や債権、投資信託などについて掲載されていますが、それをどの程度しっかり確認しているかは、先生や学校によってまったく違うでしょう。

現状では、金融商品をどのように買うのか、どんな風に運用するのか、ということがきちんと説明できていないと思います。金融商品ってこんなものなんだよ、っていうことをきちんと教えることが重要になってくると思います。

――ありがとうございます。私も投資を始めようと調べていますが、何がいいのかを自分だけでは判断しきれません。金融商品を学ぶことが本当に大事だと思いました。

郡司大志 教授:最近、金融システムに対する理解がないまま、突然暗号資産を始めてしまう大学生が増えていると聞きました。内容が曖昧なままの金融教育を受ける中で「とりあえずお金を投資して増やすことが大切なんだ」と勘違いしてしまう学生がいるのは危険だと思います。

――金融教育については「誰が教えるのか」という声も上がっているようです。一方で、学習指導要領の改訂で、2022年度から高校の授業で金融教育が必須となりました。この改訂について、どのようにお考えでしょうか。

郡司大志 教授:誰が教えるのかというのは、非常に重要な問題ですね。カバーしなければならない範囲が広いため、現場の先生方がすべて対応するのは、なかなか難しいと思います。学習指導要領が変わるからといって、教職の方がいきなりファイナンシャルプランニングの内容を教えなければいけないというのは、酷な話です。

今後は、先生方に対するセミナーなどを充実させることが非常に重要になってくるでしょう。先生方には、幅広いファイナンシャルプランニングの知識を身に着けることが求められると思います。

――金融教育を教える先生方は、どのような勉強をすべきでしょうか。

郡司大志 教授:ファイナンシャルプランナー3級程度の勉強で十分だと思います。先生方には、こうした知識についてぜひ勉強していただきたいですね。

そもそも、金融教育を国が掲げているからには、先生方に対してもいろいろなセミナーを用意すべきだと思います。「金融教育をしなさい」というのは簡単ですが、内容は非常に幅広く、勉強をせずに突然対応することは困難です。

――全世代に広く金融教育を提供していくにあたって、大学はどのような役割を果たせるとお考えですか。

郡司大志 教授:大学は全世代に開かれていますから、広く金融教育を提供する場としては成り立っていると思います。ただ、実際には若い方々への教育が中心になってしまうでしょう。

在学生以外に学びを提供する場としては、オープンカレッジがあります。金融教育に関して、働きながらでも受けられる講座をいくつか開設しておくことが大事だと思います。金融講座を通して一般の方に興味を持ってもらい、ファイナンシャルプランニングの意識を身に着けていただけると良いですね。

――オープンカレッジは、年齢層問わず参加が可能なんですか?

郡司大志 教授:そうですね。実際に受講している方はお年を召された方が多めですが、高校生でも参加は可能なところがほとんどだと思います。

年齢を問わず、さまざまな年代の方に講座に来ていただくことは、 社会においても重要な役割を果たせると思います。オープンカレッジは地域に対して開かれた場でもありますから、地域に貢献できる場のひとつになるのではないでしょうか。

――金融商品に関するオープンカレッジでは、どのようなことを学ぶべきでしょうか。

郡司大志 教授:まずは、金融商品の仕組みを知ることが重要だと思います。たとえば、暗号資産やFXのような金融商品の話を聞いて、特徴を十分に理解しないまま飛びついてしまう人もいます。しかし、十分な知識のない金融商品の運用を行うのは非常に危険です。金融商品をよく理解したうえでリスクを取るのが本来の在り方です。そのためにも、先ほどお話ししたオープンカレッジで金融商品の知識を深めていただきたいと思います。

――大学で金融教育を行うにあたって、課題を感じていらっしゃることはありますか。

郡司大志 教授:金融教育を自分に関係のある問題として、熱心に取り組んでもらうための工夫が必要かもしれません。

ファイナンシャルプランニングに関する科目を設けて、金融の知識を身に着けることは、大学生にとって非常に重要です。実際に、私のゼミではファイナンシャルプランニングを教えています。しかし、すべてのトピックに対して興味を持ち、熱心に取り組む学生は少数です。大学生に「住宅ローンの組み方」について授業をしても、自分ごととして捉える人は少ないですよね。

ですから、若い方の体験談として、金融教育に関するエピソードを語っていただくのも面白い機会なのではないかと考えています。「授業でやるから、習得しなければいけない」といった捉え方では、本質が欠如してしまいます。ですから、まずは体験した方の話を聞いて、具体的にイメージしてもらうところから始めても良いのではないでしょうか。

――体験する方法として、実際に株を買って運用してみるというのはどうでしょうか。

郡司大志 教授:面白いと思います。バーチャル株取引を提供しているサイトもありますね。

私のゼミでも、バーチャル株取引を利用した授業を行ったことがあります。ただ、盛り上がりはしましたが、しっかり考えて運用をするところまでは到達していません。実際に購入する株をどのように決めたのかを質問すると「有名だから」「興味のある商品を販売しているから」という学生が多く、十分な検討はしていないようでした。理論を応用して実践に活かすという指導は難しかったですね。

――私自身、とりあえず購入したのはコカ・コーラ株でした。結局、学んだことを十分に活かせてはいません。まずは、金融についてしっかり学ばなければいけないなと思いました。

郡司大志 教授:「とりあえずやってみる」というのも、大事だと思いますよ。とりあえずやってみて、そこからどんどん深く考えていくことも非常に重要なことです。

また、心から応援したい企業や自分の好きな商品を売っている企業の株を買うのも良いと思います。株を買う人が増えれば企業の株価が上がります。株を買うことで応援したい企業に貢献するというのは、とても大切なことです。

――ありがとうございます。最後の質問です。学生の将来の経済的自立や金融トラブルの防止に、金融教育はどのような役割を果たすとお考えでしょうか。これから金融を学ぶ学生へのメッセージという意味も含めて教えてください。

郡司大志 教授:金融を勉強していくと「お金儲けというのは簡単なことではない」ということが分かってきます。「金融を勉強すれば、儲かる運用方法がわかるだろう」と思う人もいるかもしれませんが、実際は逆です。金融を勉強すればするほど、お金儲けがいかに難しいかがわかってくるでしょう。「勉強したから運用がうまくいく」とは限りません。どちらかというと「リスクをどれだけ減らしていけるのか」ということの大切さを知ることになると思います。

とはいえ、学生さんたちにとって一番興味があるのは、楽して大儲けする方法でしょう。そこで大切なのが、リスクを受け入れなければならないことを大前提として知っておくことです。リスクを理解していれば、トラブルは起こりにくいと思います。

ただ、若いときに最も効率よく稼ぐ方法は、たくさん勉強をして、良い会社に勤めることかもしれませんよ。とにかく多くのことを学び、良い会社に勤めたり、 自分で起業してみたりして、世の中を知りましょう。その上でリスクを取って、自分の理解できる金融商品で運用をすることが重要です。

――「お金儲けは難しい」というお話にハッとさせられました。私自身、社会人になってから、学生の頃よりもお金の大切さや節約について意識するようになりました。こうした考えが、もっと広まっていくと良いなと思います。ありがとうございました。