西尾 圭一郎(にしお けいいちろう)准教授
大阪公立大学経営学研究科にて国際金融、特にアジアをフィールドに研究。研究しながら金融教育についても追求し続け、15年間金融教育に携わっている。2017年12月には「第14回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール(金融広報中央委員会)」にて奨励賞を受賞のほか様々な研究成果を出している。国内に止まらず、アジアを中心に金融システムや金融教育の論文を多く発表。
リテラシーの低さ・機会格差に課題を感じ本格的に金融教育の研究をスタート
ー西尾先生のご経歴について教えてください。
西尾先生
この3月まで愛知教育大学で8年間教えていたのですが、4月から大阪公立大学の経営学研究科に在籍しています。もともと生まれが滋賀で、そこから大阪市立大学(現大阪公立大学)に進学したので、母校なんです。それから秋田の大学、愛媛の大学、愛知の大学で働いたのち、母校に戻ってきた状況です。
大学院時代は国際金融を専門に研究していました。金融教育は大学教員になってみて、学生に実際教えるようになった時に考え始めたことです。秋田にいた頃感じたのですが、東北地方は台風が来るため、経済的に厳しい環境なんです。
例えばリンゴ農家さんの話があります。子供が進学を考えていたのに、台風の被害を受けたため、大学進学をやめざるを得なくなった。そういう話を耳にしたこともあります。ほかにも、農協からお金を借りている家庭の学生が、「小さい妹弟がいるから、自分は働きながら大学に行く必要がある」とバイトをたくさんしていたり。
話を聞いてみると、奨学金を借りていないんです。利息のかからない奨学金が借りられるほど成績が優秀な学生だったので、「バイトで時間を費やすのはもったいない。奨学金を借りたほうがいいよ」と話をしました。ところが、「借金はちょっと……」と渋られたんです。結局半年ぐらい説得して、とにかく借りさせたことがあります。
「借金は全部怖い」と考え、経済的な理由で進学などを断念する学生たちがいる状況を見聞きし、「これは将来的にこの国の問題になる、なんとかしなければ」と思ったのが16年ぐらい前の話です。そして、その時の同僚で今も同僚の北野先生と、「一緒に金融教育してみない?」と研究を本格的にスタートしたのが15年ぐらい前のことです。それから色々な大学を転々としながら、金融教育について考えてきました。
9年前に愛知教育大学に赴任ました。教育学部の場合、経済のことを知らない学生がほとんどです。将来先生になる学生たちが、お金のことを知らないのはどうなんだろう?と思いました。
また、教育界がお金に疎いことに気づきました。文部科学省や財務省から予算をもらい、予算を管理することが当たり前の経営をしているのも原因の一つでしょう。通常の経営では収入と支出を両方考慮しますが、学校の場合は予算が最初に決まっているため、資金調達は必要ありません。それが当たり前になってしまうと視野は狭まる。そう思い、細々と啓蒙活動をやってきたというのが現状です。
研究としては、国際金融、特にアジアをフィールドにずっと研究してきました。研究しながら金融教育についても考え続け、教員としての経験も17年目になります。大学教員を16年間やってきて、そのうち15年ほど金融教育にも携わっている状況です。
ー国際金融ではアジアをメインに研究されているとのことですが、日本以外のアジア諸国で金融教育は進んでいるのでしょうか?
西尾先生
なかなか進んでいません。また、金融教育の目指すところが、国によって全然違いますね。例えば、中国の金融教育はまだこれからのように感じます。日本の場合、金融教育という言葉自体は最近のものですが、実は以前から金銭教育などに取り組んできています。そういった過去の教育経験が中国にはないため、今後どうしていくのかが気になっています。
現在の中国は高齢化が進み、社会保障やライフプランの不安から、急速に社会が変化しています。加えてデジタル化が進んでいることもあり、何をどうしたらいいのか困惑している方も多いのではないでしょうか。
インドの場合は、貧困対策という面で金融教育に関しても当然考えられています。ところがフェーズとしては、「金融とは何か」を知ってもらう初期の段階です。日本だと銀行があるのは当たり前にみんな知っていますし、銀行口座を1人1口座は持っていますよね。インドはそこからスタートする必要があるんです。銀行口座を持たせたり、貯蓄や教育への投資の必要性を教えていったりしないといけない。それがインドの現状です。
金融教育の目標と準備について、国の物事の進め方から見直すべき
ー「金融教育は国家戦略」という金融庁の提言について率直な感想をお聞かせください。
西尾先生
率直な感想として、金融教育は進める必要があるものの、国家戦略という言い方をすると失敗するのではないか?という不安があります。そもそも、どのようなことを国家戦略として実現したいのかが見えてきません。「投資を通じて、国民が多少資産を得られるようになったらいい」というフワッとした目標になりそうな気がします。
金融教育は対象の状況を踏まえたうえできめ細かくやらなければならない問題であるにもかかわらず、目標と準備が整っていないまま走り出してしまう不安感があります。それは金融教育の問題というより、この国の物事の進め方の問題かもしれません。丁寧に進めていけば成功すると思うので、色々な人の声を聞いて準備してほしいと思っています。
ー国家戦略としての金融教育という言葉が広まってきた現代において、学生だけでなく、より上の世代の金融教育に対する意識も高まってきているでしょうか?
西尾先生
そうですね。やはり講演を聞きに来てくれる人たちは、すごく意識が高いように感じます。好き嫌いにかかわらず、反応してくれるようになりました。肯定的な質問をしてくれる人もいれば、講演を聞きに来た上で金融教育に否定的なスタンスから質問をする人もいます。
ただ、昔のように意識されなかった状況を考えると、今は意識されるようになったな、という印象がありますね。
ー大阪公立大学の金融に対する姿勢はどのような状態でしょうか?
西尾先生
大学としての姿勢は、はっきり言うとありません。大学・学部ごとに異なる教育目標、カリキュラムを持っているため、金融教育だけを意識して組み込むことは基本的にありえません。それが大学の目的ではないからです。
ただし、金融教育が大学の教養部分に入ることはありえます。教養には多岐にわたる知識が必要であり、その中に金融も含まれるといった考えが浸透してきている様子です。
愛知教育大学で私が担当した授業でも、教養の授業を自分で作り自由にやっていました。教員には単位認定権があるため、授業として設定した目標を学生が身につけていれば、単位を認定できます。大学は組織として金融教育に対するアクションが起こしにくいのですが、個人でなら多少は自由に動ける環境があるといえます。
一方、小中高だと学習指導要領に書いていることが基準になります。書いてないことをやろうと考えると、相当な工夫が必要です。
金融リテラシーにあわせた教育をー高齢者の金融資産も研究を進めたいー
ー西尾先生は国際金融の研究もされていますが、具体的にどのようなことを研究されているのでしょうか?
西尾先生
専門は、アジア全体の国際金融や国際通貨システムに関する研究です。国際通貨として世界中で、米ドルが用いられています。それこそ途上国のお土産屋さんなどでも、米ドルで支払える場合があります。なぜ他の国際通貨もある中で、米ドルが好まれているのか?そうした研究を長年やってきました。
研究を通じてアジアの国々を見ていくうちに、「それぞれの国の金融事情を知る必要があるな」と思い始めました。そこで、中国、インド、東南アジアの研究をすることに。最近は、中国やインドの比率が高い状況です。
中国やインドを見ていくと、デジタル化された金融の話がよく出てきます。そうすると「フィンテックも研究しないとな」とまた考えるわけです。現在はフィンテックを中心に、アジア全体の金融システムを研究をすることが多くなっています。
そうした自分のメインの研究を踏まえた上で、日本の金融教育を観察しています。日本でも、デジタル化の進展や高齢化、格差拡大、子供の貧困などが課題と言われていますよね。そのような状況下において、学校現場での金融教育への期待は高いのですが、実際には課題も多いことがわかっています。
例えば、大学生へのアンケートを通じて、専門や知識量など、人の状況に応じた教え方を考える必要があることが判明しました。また、教える側も金融教育に関する教育論を理解しておく必要があります。
ほかにも、高齢者の金融リテラシーと老後資産の準備状況に関係があることも、研究で明らかとなってきました。金融能力が高い人は準備できているのに対し、低い人は全然準備ができていない傾向が見えてきました。また、中間ぐらいの金融リテラシーがある人は、必要な金額を把握していないことが多いものの、準備は頑張っている、とか。高齢者の金融資産については、今後も研究を進めていく意向です。
「体験できる授業」を展開ー遊びから金融投資に興味を持ってほしい
ー最後に、金融について学んでいる学生や、これから学ぼうとしている学生へメッセージをお願いします。
西尾先生
大学で授業をするとき、実際にやらせてみたのは体験型トレードです。リスクを怖がってもいいと思うのですが、やってから、知ってから怖がってほしいというのが私のスタンスです。投資をするかどうかは個人の判断によります。やりたい人はリスクを理解してから投資するのが望ましいと思いますし、やらない人もリスクを明確化してからやらない判断をして欲しいんです。
学生時代には、自分の責任が取れる範囲で試しに遊ぶくらいしてもいいと思います。遊びから金融投資に興味を持ってもらえるといいですね。とにかく失敗を恐れず、失敗から学んでいくのも大切だと思います。