花崎 正晴
 
花崎 正晴

花崎正晴教授

埼玉学園大学 経済経営学部 学部長。金融システム、企業金融、ESG投資および設備投資などに関する研究を行い、大学では金融論などの講義を担当。
大学卒業後に日本開発銀行(現在の日本政策投資銀行)において銀行員として勤務。パリのOECD経済統計局やアメリカのブルッキングス研究所などで研究を行う。その後、一橋大学経済研究所助教授、日本政策投資銀行設備投資研究所長などを歴任。一橋大学教授を経て、2020年4月から現職および一橋大学名誉教授。


ESG投資について研究されていますが、現在日本で進んでいる金融教育においても、ESG投資の内容を積極的に含めるべきだと思いますか?

花崎正晴教授
世界を見渡すと、環境面では気候変動の問題が深刻化し、温室効果ガスの排出による地球温暖化が進行しつつあります。また、集中豪雨や大型台風による被害も増加しており、世界的にも異常気象が頻発している状況です。

これらの問題を踏まえた投資活動が重要であり、機関投資家を含め、最近ではESGに着目した投資が増えています。投資家の皆さんには、ESG課題を解決する脱炭素に向けた投資を積極的に考えていただきたいと思っています。こうした社会全体の現状を踏まえ、金融教育においてもESG投資の内容を盛り込んでほしい、というのが私の考えです。


「金融教育は、国家戦略」という金融庁の提言があります。この提言に関する感想をお聞かせください。

花崎正晴教授
令和4年に岸田政権が提唱した「新しい資本主義」のなかで、日本の発展のために重点投資すべき項目がいくつか挙げられています。 その一つが、「貯蓄から投資のための「資産所得倍増プラン」の策定」であり、そのなかで、「高校生や一般人の向けの金融リテラシー向上事業や、セミナーの実施等」が提案されています。

金融庁は以前から金融教育に力を入れてきましたが、。「新しい資本主義」が正式に承認されたことで、金融教育の強化をより一層推進している状況です。 ただし、金融教育だけで日本全体が良くなるわけではありません。科学技術、イノベーション、スタートアップ支援、GX(グリーントランスフォーメーション)、DX(デジタルトランスフォーメーション)など、さまざまな重要課題が存在します。

金融教育は、こうした国全体の課題の1つです。金融​​庁が普及に向けて取り組みを強化していくことは、日本全体にとってプラスになるため、積極的に進めてほしいと考えています。


世界各国と比較すると、日本人の金融教育や投資環境は遅れていますか?

花崎正晴教授
「貯蓄から投資へ」は「新しい資本主義」の中にも盛り込まれており、20年以上前の小泉純一郎内閣の時代から施策として取り上げられ、証券優遇税制が導入されました。

個人の資産運用を、伝統的な銀行預金中心から株式投資を主体としたものに変えていく。それが、「貯蓄から投資へ」が目指しているところです。NISAは、2014年にスタートした個人投資家のための税制優遇制度で、当初は年間120万円までの投資利益が非課税という制度でしたが、その後ジュニアNISAやつみたてNISAがスタートしました。さらに2024年からは、新しいNISAが始まる予定です。

新しいNISAでは、つみたて投資枠で年間120万円、成長投資枠で年間240万円の非課税投資枠が設けられています。2つの投資枠は併用が可能で、非課税保有限度額は全体で1,800万円です。

このように、政府も投資を促す施策を積極的に展開しています。金融教育の重要性はますます高まっていく増してくるため、適切な情報伝達と理解が求められます。


学習指導要領の改訂により、2022年度から高校の授業で金融教育の授業が必修化されました。この政策についての率直な感想をお聞かせください。

花崎正晴教授
金融庁では、金融​​経済教育向けの指導教材を公開しています。それを参考にすれば、ある程度の教育が図れるでしょう。

ただし、なかには金融知識に乏しい高校の先生もいるため、教育の質に課題が残ります。 御社のような専門企業が金融教育を提供することは、ひとつの有効な方法だと思います。金融教育の推進において、御社の活動は重要な位置づけにあるといえるでしょう。


大学における金融教育に関して、課題に感じていることはありますか?

花崎正晴教授
大学では専門分野に特化した教育が行われています。経済系や社会科学系の学部であれば金融教育の導入は比較的容易であると思われますが、人文科学系や自然科学系などすべての学部において金融教育を提供することは難しいかもしれません。

個人的には、高校までの段階で金融教育を実施するのが現実的だと考えます。成人年齢の18歳への引き下げにともない、自分の判断で投資を始められる年齢が早くなりましたよね。そうした状況からも、高校卒業までに金融知識を身につけたほうがよいでしょう。


大学のゼミで指導するにあたり、 課題に感じていることはありますか?。

花崎正晴教授
本学の場合には、現状では学生の多くは金融教育を受けていない状態で入学してきます。高校までの教育において金融に関するある程度の知識を身に着けている学生は、多くないという印象です。入学後に学生が金融についてどの程度の知識を修得理解できるようになるかどうかは、個々の能力や努力に依存する部分が大きいです。

もちろん、金融教育に限らず、すべての教育における共通の課題も無視できません。それは、学生がきちんと学習内容を理解し、復習しながら知識を深めていけるか、という点です。金融教育においても、この点は意識したほうがよいでしょう。


最後の質問です。
学生の経済的自立や金銭トラブルの防止に、金融教育はどのような役割を果たすでしょうか?また、学生へ向けたメッセージも一言いただけると幸いです。

花崎正晴教授
金融資産の運用にはリスクとリターンの2つの面があり、それらを適切に理解することが重要です。 例えば、金融資産を最も安全に保管する方法は銀行預金です。もちろん、銀行が破綻する可能性もゼロではありませんが、その場合でも。国によって制度は異なりますが、日本では預金保険制度が適用され、日本の場合には1,000万円までの預金は保険でカバーされます。

ただし、同じ銀行でも金融商品によってリスクが異なる場合があるのです。例えば、クレディ・スイス銀行が3月に経営破綻し、AT1債という金融商品が無価値となる事態が発生しました。AT1債は預金ではないため、預金保険の対象外です。これを所持していた投資家は、大きな損害を被ったことでしょう。

つまり、同じ銀行でも預金は保険でカバーされるためある程度安全で、ほかの金融商品はリスクが高いということです。そうした仕組みも理解しておくとよいでしょう。

株式投資をする場合、利益を上げる可能性がある一方で、リスクの存在を認識することが重要です。老後資金や日常の生活費に充てるお金は絶対に必要であるため、それを投資に回すのは避けたほうがよいでしょう。

一方で、余剰資金を株式投資に回すことには合理性があります。資金の性格を見極め、リスクを理解した上で投資にチャレンジすることが大切です。すぐに一獲千金を夢見るような運用をするのではなく、リスクとリターンの関係を十分に把握し、経済力や人生のステージに応じてバランスの取れた運用方法を考える必要があります。

金融教育においては、若い世代にリスクとリターンの関係を理解させ、適切な運用方法を身につけてもらうことが重要です。学生には、例えばすべての資金を株式投資に回すということではなく、バランスの取れた資産運用を心がけてほしいと思っています。


投資=儲かるではなく、まずはリスクを理解することが大切ということですね。貴重なお話をありがとうございました。