宮本 弘之(みやもと ひろゆき) 教授
豊橋技術科学大学総合教育院 教授。シンクタンクに32年勤める。仕事の傍ら経済学の博士号を取得し、現職。家計の金融行動について、ミクロ経済学や行動ファイナンスの観点から実証的に研究。実務経験を活かし、大学では経済学入門、マクロ経済学、ミクロ経済学、ファイナンス基礎などを教える。
ー初めに、先生のご経歴を簡単にお願いいたします。
宮本教授
経営工学の修士課程を修了したあと、シンクタンクに就職。リサーチや経営コンサルティングを32年間経験しました。約20年は金融機関を担当し、金融リテラシーや金融教育の必要性を痛感しました。会社に勤めながら、経済学の博士号を取得し、昨年の4月から豊橋技術科学大学で教えています。
ー豊橋技術科学大学では、どのような授業をご担当されていますか。
宮本教授
経済学関連の科目を担当しています。金融については、マクロ経済学とファイナンス基礎でふれます。
豊橋技術科学大学は工科系の大学です。学生の約8割が高等専門学校から三年次に編入してきます。金融についての基本知識を持つ学生は少ないので、ファイナンス基礎では金融機関の種類や金融商品の基本など、金融の初歩的な知識から教えます。
ー学習指導要領の改定で、2022年度から、高校で消費者教育が必修化されたことについて、率直な感想をお聞かせください。
宮本教授
将来の人生設計やそれに伴う収入支出については、以前から教えていたことだと思います。今回の改定では、具体的な金融商品の活用についてもふみこんで教育するようになりました。ただ、教員の金融リテラシーや経験が十分でないことが懸念されていて、この改定を機に、充実した金融教育への期待が高まっています。
最近では、金融機関などが高校への出張授業を行うなど、実務との連携も増えました。これは、金融教育のレベル向上に意義深い役割を果たしています。金融教育というのは、教科書の知識と実践を結びつけて、いかにリアリティを持って理解してもらうかが重要ですからね。
ー金融の出張授業のほかに、授業のなかで身近に実践できる施策はありますか。
宮本教授
たとえば、ゲームやシミュレーションなど実際に体験する機会が不可欠だと思います。 実践的に金融リテラシーを身につけるには、実際にお金を借りたり、投資をしたり、保険に入ったりするのが一番です。ただ、高校生や大学生では現実的ではないですから、授業の中だけで完結する模擬的な体験を増やす必要があります。
ー日本の金融教育の課題は何だと思われますか。
宮本教授
一般に、学歴が高い人ほど金融リテラシーの高い人が多くなるといわれていますが、日本では高学歴者でも金融リテラシーの低い人が多いのが現状です。背景には、十分な金融教育を受けていないこともありますが、源泉徴収制度のため会社員が税金について考える機会が少ないことや、バブル崩壊の記憶が根強く残っていることなど、様々な社会環境が影響しているのでしょう。高校や大学だけでなく、リカレント教育といった社会人の学び直しの機会を増やす必要性を感じます。講義形式の座学も大切ですが、実践のなかで身につけていく、自分で興味をもって調べていく、といった主体的な学びが金融の知識を深めるのに有用です。
ー金融リテラシーの低い方に向けて、企業や学校ではどのような方向でアプローチするのがよいでしょうか。
宮本教授
これは企業にお願いしたいことですが、従業員に自分のライフプランを考える機会を提供してもらいたいです。会社で働いていると、財形貯蓄、持ち株会、確定拠出型年金など、様々な場面で金融商品にふれる機会があります。しかし、個別の金融商品を選択するだけでなく、自分の人生全体を視野に入れることが大切です。どれぐらいのお金が必要なのか、どのように貯蓄して運用するかといった包括的なライフプランとそれに基づくマネープランを考えなければなりません。企業がこうしたきっかけを提案すれば、金融に興味を持つ人が増える可能性が高まるでしょう。
ー最近のご研究内容について詳しくお話を伺えますか。
宮本教授
最新の研究では、金融リテラシーと金融アドバイスの関係を分析しています。本来、金融アドバイザーは、金融への知識が不足している人をサポートする役割を果たすべきです。しかし、実際には、金融リテラシーの高い人ほど金融アドバイスを受けているという状況が明らかになりました。金融リテラシーの低い人にとっては、金融アドバイス自体、ハードルが高くて受けられない現状があるのかもしれません。金融リテラシーの低い人が取り残される問題を解決するには、説明をわかりやすくするなど金融アドバイスの提供方法を改善する必要があると考えています。
ー全世代を通じて、身につけておくべき金融リテラシーとは何か、具体的にお伺いしたいです。
宮本教授
ほかの学問でもそうですが、金融を学ぶ際も、初めに専門用語に十分慣れなければなりません。次に、具体的にどのような金融リテラシーを身につけるかというと、多くの場合、重視するのは金融知識よりも金利計算などの基本的な計算ができるかです。
複雑な計算すべてを自分で行う必要はなく、金融アドバイザーから助言を得ることもできます。しかし、そのアドバイスが適切かどうかを判断できる金融リテラシーは必須です。つまり、金融アドバイザーを上手に活用できる能力があれば、金融リテラシーが身についたといえるでしょう。
ー金融アドバイザーの言葉をうのみにしないという先生の言葉に共感します。ライフプランはひとりひとり違うので、全員に当てはまる正解はないですよね。自分の場合がどうなのかは、最終的に自分しか判断できないと思います。ただ、今の現状では、個人が金融アドバイザーに相談する機会は多くありません。金融アドバイザーと一般の方の垣根を低くするにはどうしたらいいでしょうか。
宮本教授
たしかに、金融アドバイザーに相談することは、まだ一般的ではないですね。保険加入やローン契約時に無料で提供される相談以外、金銭的なコストを払ってまで、個人が金融アドバイザーに相談することはほとんどありません。
企業や国が補助金や支援を用意すれば、金融アドバイザーのアドバイスを無料や割引で受けられるようになるでしょう。こういった施策が現状を変えるための突破口になると思います。
ー全世代を通じて、平等に金融リテラシーを提供するためにできることがあれば、先生のお考えをお伺いしたいと思います。
宮本教授
現代の若者は、投資に強い興味を持っているようです。金融について学びたい学生も多いと感じています。一方で、年金制度について学ぶと、かえって不安になる若者もいます。就業前の学生は、金融経験が少なく、学んだことをバランス良く受け入れるのが難しいからです。対照的に、就業や金融経験がある人は、新たな知識を自身の経験と照らし合わせて理解しやすいようです。
ひとつの案としての提案ですが、金融機関の出張授業に加え、家族間で金融の話をすることが、金融リテラシーを実践的に身につけるチャンスにつながると思います。家族内でお金や資産について話す文化を育てることで、金融教育がより若い世代に浸透する契機になるでしょう。
ー最後に、これから金融について学ぶ方々に向けて、アドバイスやメッセージがありましたら、お願いいたします。
宮本教授
金融を学ぶことは人生において非常に有益です。現在、多くの日本人が金融の話を避ける傾向にあるなか、金融知識を身につけることは一種のアドバンテージとなります。これは、生きていくなかで必須の知識というだけでなく、様々な仕事の中で金融にふれる機会があるからです。金融はすべての消費活動の裏側に存在します。それを深く知ることで人生を輝かせる秘訣を学べるでしょう。素養として学んでおいて損はない、と私は思っています。
ー素敵なメッセージだと思います。本日はありがとうございました。