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(画像=タビオ株式会社)
越智 勝寛(おち かつひろ)
タビオ株式会社 代表取締役社長
1969(昭和44)年3月大阪府生まれ。
大阪芸術大学中退後、1994(平成6)年10月 ハウスオブローゼに入社。
1997(同9)年 3月 株式会社ダン(現タビオ株式会社)に入社、2003(同15)年 3月 商品本部長就任、翌2004(同16)年5月 取締役就任。
その後、取締役第一営業本部長を経て、2008(同20)年5月 代表取締役社長に就任。
現在に至る。
タビオ株式会社
1968年創業、1977年に設立の靴下専業企業。当初は卸売会社だったが1982年に靴下専門店事業に着手し、1984年には「靴下屋」の展開を開始。
独自のネットワークシステムを駆使して、国産靴下を中心に展開するSPA型のビジネスモデルを確立した。
現在、国内で「靴下屋」「Tabio」「Tabio MEN」など237店舗(2024年2月末時点)を展開。パリ、ロンドン、中国などでも「Tabio」名の店舗を展開しており、Made in Japanのはき心地とデザイン性は、海外でも高い評価を得ている。

1坪の空きスペースからスタート

冨田:創業、設立から現在までの事業変遷について教えて下さい。

タビオ株式会社 代表取締役社長 越智 勝寛氏(以下、社名・氏名略):元々創業者の越智直正が中学卒業後に靴下問屋に弟子入りし、1968年に独立したのが会社の始まりです。 しばらくはバイヤーのような形で、奈良で買い付けをし、大阪で売るという商売をしていました。商品の販売の偏りや売れ残りなど様々問題も起き、一時は資金繰りで苦労したようですが、ビジネスモデルの見直しなどで事業も軌道に乗りはじめ、1977年には株式会社ダンを設立しました。

1982年に、三愛さんから1坪ぐらいの空きスペースで靴下を展開してほしいと出店を要請されたのが靴下専門店の始まりです。当時靴下専門店は存在しなかったので、 無理だと思いながらも出してみたところ好評で、出店要請が相次ぎました。三愛の新宿店で坪効率がトップになったことから、本格的に靴下専門店の展開を考え始め、1984年に「靴下屋」の1号店を出店しました。その後、店舗数や売上も順調に伸びていき、1997年にオープンしたお店ではダンだけで全て品ぞろえができるようになりました。そこからはサプライチェーンも整い、直営店とともにフランチャイズも増えていきました。

大きな転換期としては、2000年の大証2部上場があります。順調に成長して上場までたどり着きましたが、 上場した途端に売上にブレーキがかかりだしました。単純に言うと、上場によって大企業病にかかってしまったのです。元々は独自性で勝負する会社だったのですが、数字ばかり見て、売上や店舗数を増やそうという考え方になっていました。

かなりまずい状態までいきましたが、たまたま私が部長になった時に社名をタビオに変え、ルミネの全店に出店することを決め、販売担当の教育部署を作るといったように「店舗」を重視したことがうまくいき、3年間10%の利益が出るような状態が続きました。特にルミネ全店に出店したことのインパクトが大きく、それまでの靴下が可愛くて綺麗なお店といったイメージから、本格的なアパレルの仲間入りができたと思います。

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時代の変化を先読みするビジネス戦略

冨田: 扱うもの自体は靴下に絞られていますが、会社の中身や考え方に大きな波があり、 結果として会社が強くなっていったのだろうと感じました。日々様々な経営判断が行われているかと思いますが、越智社長が最も重視してることは何でしょうか。

越智:大前提として、物作りをしっかりしていくことを1番大事に考えています。これは変わらないのですが、世の中が大きく変化する現在の中、経営判断で最も重視するのは、楽観的に将来を見すぎないようにすることです。

例えばコンビニで自動レジが導入されるとあっという間に普通になっているのに対して、百貨店ではまだ集中レジのままで、大きく遅れを取っています。テレビは今後も残ると言われていますが、Netflixの「ONE PIECE」や「幽☆遊☆白書」の実写版を見たら、これは映画も残らないのではないかというようなクオリティに感じました。これからより大きく変化する時代の中で私が一番重要視しているのは、 最大限まで変化が激しい状況を想定する、ということです。そのくらい考えておかないと、想定内にはならないと思います。

とにかく周りを気にせず未来だけを見据えていないと、波が激しすぎて、当社を含めてアパレル業界で成功しそうな会社が1つもないという事態も起こり得ると思います。だから、かなり振り切って将来をイメージすることを重視しています。

ポジションにとらわれない経営哲学

冨田:今のような判断に影響を与える、経営者としてのバックグランドやルーツについて教えていただけますでしょうか。

越智:私は、学生時代は大阪芸術大学でデザインを学んでいたため、元々経営者になるつもりはありませんでした。仕事は大好きだったんですが、基本的に販売員の仕事が多かったですね。

ただ、社長業そのものには元々概念みたいなものを持っていました。部長の時もそうでしたが、あくまでポジションに過ぎないと考えています。割と仕事をスポーツのゲームのように見ており、やるなら勝ちたい、勝つならば綺麗に勝ちたい、みんなの度肝を抜くことをしたいといったような、ちょっとした遊び心は元々ありました。だから、社長が権力の象徴であるとか、 権威があるものとは考えておらず、僕自体はポジションが変わっただけだと思っています。

タビオが目指す「靴下産業の永続」

冨田:今後どのようなテーマに挑戦していこうと考えていますか。

越智:ChatGPTの登場が大きな話題になっているように、今後さらにオンラインの重要性が高まると思います。今後はWebが強い会社ほど店舗も残り、Webが弱ければ売上が減って、店舗数も減っていくでしょう。

ですので、リアルの店舗を頑張ろうと思うと、Webを改めてもう1回しっかりとやらなくてはいけないと思っています。最終的にはインターネットのメタバース内でも有名な会社になっていないと、リアルでの存在意義も無くなるといったことになるのではないでしょうか。だからといって、靴下をメタバースで売るのか、アバターに靴下を売るのかというと、そういうことではなくて、タビオという会社がそういった世界に早めに着手することが、 利益が出る出ないにかかわらず、信用性を高める上で重要だと考えています。 タビオがやらなくてはいけないのは、「靴下産業の永続」ですが、それを目指そうと思うと、製造がアナログの靴下産業でもメタバースのような世界での認知度を高めておかないとまずいため、そのポジションをいかに取るかということを考えています。

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タビオ越智代表からZUU onlineユーザーへ一言

冨田:最後になりますが、弊社のユーザー並びに投資家の方々へ一言いただけますでしょうか?

越智:変化の激しい時代ですが、各業界の様々な人たちが誇りを持って、日本人らしい経営をお互い目指していけたらいいと思っています。それによって、世界に誇れる日本を持続させていきたいです。

氏名
越智 勝寛(おち かつひろ)
会社名
タビオ株式会社
役職
代表取締役社長