最近、「FIRE」という単語を目にする機会が増えたという人も多いのではないだろうか。「FIRE」とは、「Financial Independence, Retire Early」の略で、一定以上の資産を築くことで早期リタイアを実現することを意味する。
このFIREを実現し、現在は投資家兼ブロガーとして活動しているのが桶井道氏だ。FIREに至るまでの道のりや、FIRE後の生活などについて桶井氏に話を聞いた。
投資先は、日米を主として、世界17カ国・地域の高配当株と増配株を中心に、一部米国成長株にも投資する「地球儀投資」。投資歴は約23年。Twitterやブログでは、投資、節約およびFIREなどの情報発信、この春には単行本「今日からFIRE! おけいどん式 40代でも遅くない 退職準備&資産形成術>」を出版。
Twitter: @okeydon
ブログ:おけいどんの適温生活と投資日記
イラスト:いぢちひろゆき
「モーレツ社員」がFIREを目指すようになるまで
―最初にFIREを目指すようになったきっかけを教えて下さい。
20代前半だったころの私はモーレツに働いていました。「趣味は仕事」と公言していましたし、休日は一ヶ月に1日で、会社前のホテルで徹夜などということもザラでした。当時は、「勤務先で出世して、給料をたくさんもらうんだ!」と考えていたんです。
努力のかいもあって、私は従業員数千人のなかで営業成績1位となり社長表彰を受けることができました。そのときは、勤務時間中にホテルでお祝いの席を設けてもらい、社長自らお酌してもらいました。ところが、肝心な給料は上がらなかったんです。
また、これも20代のころですが、勤務先の会社が過去最高益を達成しました。私は、決算賞与や昇給を期待していたのですが、利益は株主配当に充てられ、社員がもらったのは、自己啓発を促す社内通信教育の案内でした。
そうした状況に違和感を覚えている中で、30代前半に、仕事を続けられる程度ではあるものの消化器系の病気であることがわかったのです。さらに、30代後半になると、勤務先に役職定年制度が導入され、55歳で給与が20%カットされるようになったことに加えて、所定労働時間が延長される実質的な賃下げが行われました。
これらの積み重ねによって、仕事へのモチベーションを徐々に失っていく一方で、「今の会社で昇給するよりも、株式投資で利益を得るほうが効率よくお金を手にできるのではないか」と考えるようになりました。そして、役職定年の55歳でFIRE(当時の言葉ではアーリーリタイア)したいと考えるようになったのです。
40代になると、勤務先では、少数精鋭化、マルチタスク化、成果主義の徹底が進められ、より効率を求められるようになりました。私の仕事のスタイルは丁寧に積み上げて成果を残すというものでしたが、そうしたやり方は評価されなくなりました。この頃、持病が悪化したこともあり、私と勤務先との距離がどんどん広がっていったのです。
FIREには「仕事人生における達成感」も必要
こうした状況において、私は「会社には労働時間以外の時間を一切捧げない、ただし給料分の成果は上げる。そして、FIREの準備を加速しよう」と決意しました。ただ、FIREするうえで、自分のサラリーマン人生における達成感は必要だと考えていたので、40代になってからも、米国のS&P500に入る大企業2社との契約を成功させたり、3年間誰もが進展させられなかった案件を成立させるという成果を残しました。
達成感を得た私は、43歳で、時短社員の道を選びダウンシフトしサイドFIRE(当時の言葉ではセミリタイア)しました。勤務先に正社員でありながら勤務時間を減らせる制度があったのです。当初は、自分の時間もできて、体調も回復したのですが、そのうち人手不足により、自分の望まない時間帯での勤務や残業が発生するようになりました。ただ、会社を批判したところで、何の解決にもなりません。そのため、引き続き、投資の勉強をしたり、FIRE後の生活を考えたりと、着々とFIREへの準備を継続しました。
サイドFIRE期間中の44歳のときには、母親の介護を経験しました。自身の持病の不調と重なり、仕事、介護、家事の3つをこなすのは難しく、介護休職という選択肢を取りました。しかし、国によるセーフティネットは限られており、介護休業給付金(月給のおよそ3分の2)が3ヶ月間支給される程度です。私はFIREにむけて資金の目途がついており、経済的に不自由することはありませんでしたが、余裕がなければ、会社を休むこともできず、父親に老々介護をさせていた可能性もあります。もしくは、入院させて母親に寂しい思いをさせてしまったことでしょう。
現在では、母親は元のように元気になり、当時のことを今でも感謝してくれています。私としても、自分の体調が悪いなかで、介護と家事をやりきった充実感がありました。
こうした紆余曲折を経て、47歳になった2020年秋に、資産額とキャッシュフローを計算した結果、「人生100年」を逃げ切れる状態と判断し、勤務先を退職して、FIREを実現しました。そのときの資産は約1億円、年間配当金は約120万円でした。
現在は、投資を続けながら、ブログ運営・単行本出版およびメディアへの寄稿などの執筆業をするなど、リタイア以上フリーランス未満でゆるく働き、難病が見つかった父の介助や、一部の家事を担っています。これは結果論ですが、介護や介助のためにもFIREして正解でした。人生100年時代を迎えた今、こういう「まさか」は高確率で起こるのかもしれません。そのときは、お金が選択肢を生むということを実感しています。
―FIREを実現するために必要だと考えた資金額はどの程度でしょうか?
39歳の時点で、意識した数字は、「FIRE時の資産額1億円と年間配当金120万円、60歳時の年間配当金240万円」でした。そして、先程お話したように、この数字を47歳で達成しました。
60歳時の年間配当金240万円の根拠は、60歳を目途にシニアマンションに入居したいと考えているからです。その家賃と生活費として、月平均20万円の配当金および個人年金(68歳からは公的年金13万円)を充てる計画で、大きな買い物をするときだけ、資産を取り崩すという考えです。つまり、現在もすでに日常生活の収支としては、「収入>支出」の体制ですが、これを60歳以降の新たなステージでも作ろうとしているのです。
FIREを実現した投資スタイルとは?
―FIREを実現するまでには、どのような投資をしてきたのでしょうか?またFIRE後にスタイルの変化はありますか?
私は25歳から日本株を始め、中小株、大型株、成長株、高配当株、東証1部だけではなく2部、新興市場など様々な試行錯誤を重ねてきましたが、39歳でFIREを意識したタイミングで、高配当株にシフトしました。理由は、配当金をFIRE後の収入とするためです。その後、42歳で外国株の投資信託を始め、パフォーマンスが良かったことから、44歳で外国個別株にも投資するようになりました。特に、米国株のパフォーマンスが良く、徐々に日本株を減らし米国株にシフトしていきました。
米国株も当初は、高配当株から入りましたが、徐々に増配株をメインにシフトしました。増配するためには、原資が必要になりますが、原資とは利益です。したがって、増配するためには、増収増益(売上高も営業利益も成長していること)である必要があるのです。増収増益ということは企業が成長している証ですから、株価も上がる可能性が高くなります。つまり、増配株投資は、増配というインカムゲインと株価成長というキャピタルゲインの両方を稼ぐポテンシャルがあるということなのです。
現在は、全世界、増配株および高配当株への長期投資、配当金再投資、一部 米国成長株投資を投資スタイルとしています。投資目標として、60歳で資産額1.5~2億円、年間配当金240万円を掲げていますが、それまでこの投資スタイルを貫くつもりです。
―著書を拝読すると、投資資金を多く確保するために、徹底して節約に取り組んでいる点が印象的でした。どのようにして、節約のモチベーションを保っていたのでしょうか?
先程お話したように、20代前半は仕事が忙しく、ほとんど遊ぶ時間がありませんでした。その頃に、自分の心を充たす何かひとつを趣味として持ち、そこへの出費は大目に見ることで、他の欲求をコントロールするという手法を学びました。
また、趣味を楽しむ余裕がないときは、たまに思い切った贅沢をすることで心を充たし、満足感を長く継続させるようにしています。逆に「プチ贅沢を繰り返す」「自分への頻繁なご褒美」は厳禁です。理由は満足が続かず節約に繋がる効果がないからです。
このように「節約のための節約」ではなく、「FIREという大目標のための節約」「贅沢するための節約」だと考えれば、取り組みやすくなるのではないでしょうか?
数少ない後悔は米国株への参入が遅れたこと
―実際にFIREをしてみて気づいた課題や、「もっとこうしておくべきだった」と感じた点はありますか?
FIRE前から、持病の回復と家事力を高めることを課題としていましたが、実際にFIREしてみて新たに感じた課題はありません。また、一般に言われている以下のようなFIRE後の不安を感じることもありませんでした。
・暇で仕方がない、時間がすぎない
・所属がなくなると不安だ
・仕事しないことが寂しくなるのではないだろうか
・平日ぶらぶらする世間体が気にならないか
・社会貢献の不足感とどう向き合うのか
・資産が減ることにメンタルが耐えられるか
「資産計画(資産額だけではなくキャッシュフロー)」「家族の同意」「自分のサラリーマン人生への納得(仕事人としての目標達成)」という3つがクリアできていれば、たとえ不安なことがあっても、他はFIREしてからでも解決できるでしょう。
「もっとこうしておくべきだった」と感じる点を一つ上げるとすれば、米国株への投資が遅くなったことです。私の投資歴は23年ですが、米国株については6年目、本格的に始めてからは4年目です。日本株よりも米国株の方が、パフォーマンスが断然に良いのに、実際に始めるまで勉強もせずに外国株投資は危険だと思い込んでいたことは後悔しています。
―40代からでもFIREは目指すことはできるのでしょうか?
実際に、30代後半や40代前半でFIREを実現している人もいます。彼らが22歳からFIREを目指したとすれば、15~20年で達成したことになります。そこから単純計算すると、40歳からFIREを目指すと15~20年後の55~60歳で実現することになります。これでも、「人生100年時代」を迎えたこと、また多くの人が65歳まで雇用延長する現実を鑑みますと、充分アーリーリタイアなのではないでしょうか。
また、一般的に20代と比較すれば、40代は収入も多いことから、より早い年数でFIREが可能かもしれません。方法としては、労働、節約、貯蓄、投資の歯車を回し続けるしかありません。投資は米国株が必須でしょう。
例えば、米国S&P500は、1990~2020年までの30年間でトータルリターンが平均で年率11%、この10年では14%もありました。参考値として、年率11%でシミュレーションしてみましょう。(※税金は考えないものとします)
金融広報中央委員会による、令和2年の調査で、40代2人以上世帯の平均貯蓄額は1012万円で、中央値は520万円なので、40歳で500万円を投資したとしましょう。すると、最終的に4000万を超える計算になります。
(1)500万円を年率11%で運用したシミュレーション[単位:万円]
また、それとは別に、40歳から毎月3万円を積立投資したとしましょう。こちらは最終的に約2600万円になる計算です。
(2)毎月3万円を年率11%で積立投資した場合のシミュレーション[単位:万円]
これらに加えて、「厚生労働省 平成30年就労条件総合調査」の結果では、大卒者の定年退職の退職金は勤続20年以上で平均1983万円、勤続35年以上で平均2173万円とされています。退職金をおよそ2000万とすれば、(1)と(2)との合計は、8627万円です。
65歳からは年金がありますから、60歳で8600万円あれば充分逃げ切れるのではないでしょうか?今回は、「60歳FIREプラン」でシミュレーションしましたが、FIREのために資産がいくら必要かは、個々人の人生設計や貯蓄額、収入に左右されます。また、毎月の積立額が多ければ、よりスピード感をもって資産が増やせるでしょう。場合によっては、60歳より早くFIREも可能だと思います。ポイントは、いかに節約して種銭を作り、米国株で複利運用するかということになるでしょう。
―これから資産運用を始める方へのアドバイスをお願いします。
投資本を数冊読んで基本が分かったら、まずは少額から始めて、経験を積むとよいでしょう。失敗もすることもあると思いますが、それも経験のうちで、後々生きてくるはずです。そして、少しずつ投資額を増やしていくとよいと思います。不安だからと、投資本を何十冊も読むことよりも、基本を押さえたら、実践で学ぶことの方が役に立ちます。
もちろん並行して勉強することも大切です。分かりやすく例えれば、料理本を何十冊読んでも料理は上達しないので、実際にチャーハンぐらいの料理を経験しながら上達していくべきということです。ポイントは、まとめると以下の5つだと思います。
1.投資本を数冊読んで基礎を学ぶ
2.少額から始めて経験を積む
3.失敗も経験のうち
4.徐々に投資額を増やす
5.その間も勉強する
ただし、ETFや投資信託であれば、勉強はあまり必要ありません。
例えば、米国株であれば、独自の銘柄を探す必要はなく、主要な銘柄でも充分リターンが期待できます。個別株でなくとも、S&P500、VIG、VYMなどETFが安定感と成長性を兼ね備えていると思います。これらETFであれば、1銘柄に投資するだけで数百社に分散投資が可能であり、勉強や決算確認も損切も必要ありません。また、S&P500やVYMなど、日本円で投資ができる投資信託もあります。
FIREに向けた資産形成には、「人より稼ぐ」、「人より節約する」のいずれか、または「その両方」にプラスして「投資」が必要になります。普通に稼いで、普通に消費して、投資もせずでは、FIREなど実現不可能です。FIREというと、とてもセンセーショナルに聞こえますが、そこへの道のりは実際のところ、とても地味なものだと思います。
そして、「人より稼ぐ」ことがとても難しい時代になった現代は、節約が選ばれる時代ではないでしょうか。種銭づくりには節約は有力な選択肢だと思います。また、一気に稼ごうとしないことも重要です。偶然、大きく利益を得ることもあるかもしれませんが、再現性は低いでしょう。資産形成はコツコツ積み上げることを、ずっと継続することが大切です。
そして、FIREを実現させるためには、何よりも計画が大切です。「なんとなく積み上げて、そのゴールがFIRE」ではなく、ゴールベースで考えるべきです。「何歳で、いくら資産を築いて、どのくらいの不労所得(主に配当金)を築くのか」というゴールを先に決めてください。そこからブレイクダウンして5ヵ年計画、さらに年間計画を作って、日々の行動とリンクさせていくとよいでしょう。
―最後に今後の目標を教えて下さい。
資産運用面では、先程もお話したように、60歳で資産1.5~2億円、年間配当金240万円と考えています。
今後の人生の目標には、「自分の幸せのための目標」と「社会貢献の目標」があります。
「自分の幸せのための目標」は2つあり、ひとつ目は、今年の3月に出版した「今日からFIRE!おけいどん式 40代でも遅くない退職準備&資産形成術」という単行本に続く、2冊目を出版することです。「FIRE本の続編」や「17ヵ国投資本」といった内容を想定しています。
もうひとつは、60歳を目途に、シニアマンションに入居することです。これは、レストラン、ラウンジ、レセプション、コンシェルジュ、ライブラリー、大浴場、クリニック、趣味サークル、24時間有人管理など娯楽機能、家事機能、防犯機能、救急機能などを備えたマンションです。老人ホームのような集団生活とは異なり、マンションですから1LDKないし2LDKの居室があって、プライバシーは完全に守られます。さらに、要介護になると、介護棟も備えており、終の棲家になります。そこで、のんびりと暮らし、ときにはトヨタの自動運転車で、大好きなザ・リッツ・カールトン(ホテル)に食事に行くような豊かな生活を頭に描いています。そのためにも投資は継続していきます。
社会貢献の目標も2つあり、ひとつは、現在進行形で取り組んでいる新興国投資による国際貢献です。具体例をあげると、現在、ベトナムのペトロベトナムガスとファーライ火力発電に投資しており、後者は日本がODAでかかわった事業です。微力ながら、私の投資を通じてベトナムが発展して欲しいという願いがあり、社会貢献枠として多少の損失も覚悟しています。
もうひとつは、人生の晩年に、今の居住地の自治体に高規格救急車を寄贈することです。トヨタの「ハイメディック」という車種を考えており、価格は装備にもよりますが、2000万~3000万円程度です。夢ではなく目標だと考えていますが、実現は可能だと思いますね。
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