コロナ禍の影響で資産運用を始める人が増えているという。資産運用の目的の一つに老後資金の形成が挙げられるが、最近ではより早いリタイアを目指す「FIRE」という単語が注目を集めている。

このFIREの難易度や実現するための方法を楽天証券経済研究所 チーフグローバルストラテジスト・香川睦氏に聞いた。

香川 睦
香川 睦(かがわ むつみ)
楽天証券経済研究所 チーフグローバルストラテジスト

1989年、日興証券投資信託委託(日興アセットマネジメント)、シティバンク銀行、東海東京調査センターなどでファンドマネージャーや投資調査業務に従事した後、現職。米国駐在経験を生かしたグローバルな視点に定評。  

積み立て投資を始める若者が増加中?

つみたて
(画像=PIXTA)

―昨年からコロナ禍の影響で、資産運用を始める方が増えているという報道が多いのですが、証券口座の開設数や問い合わせ数などは増えている実感がありますか?

口座数は非常に増えていますね。おかげさまで、最新の決算資料では現在600万口座を超え624万口座(2021年6月末時点)。新規口座開設に関しては、2018年から3年連続で業界最多と、いま一番選ばれている証券会社となっています。特徴的な点としては、今年1~3月を見てみると、新規口座開設者のうち、30代以下の方が約70%に、約半分が女性となっていることが挙げられます。

口座開設数が急激に増加したのは、実は2019年に金融庁から発表された「年金だけでは老後2,000万円が不足する」というレポートが報道されてからです。若い世代が将来に不安を感じて、よりリアルに「何かしなければいけない」と考えていたところに、コロナの問題が起こったことが影響しているのではないでしょうか。また、コロナ禍の影響により外食や旅行を控えるなど余暇に消費ができなくなったことで貯蓄が増え、その分を投資に回している方も多いようです。

当社でも、以前は株式投資をする方々のほうが多かったのですが、ここ最近はつみたてNISAを活用して投信積立をする方もどんどん増えてきており、「投資を始める」「証券会社の口座を開設する理由」が大きく変わってきている印象を受けています。

―若くして投資を始める方が増える中で、「FIRE」という単語が注目を集めていますね。

FIREはアメリカ発の言葉で、「Financial Independence, Retire Early」の頭文字をとったものです。経済的に独立して組織に捉われずに、早くリタイアして日々自由に暮らしたいというムーブメントがアメリカで起き、ヨーロッパや日本でもブームになっています。

「FIREを成し遂げた人」のイメージは様々ですが、例えば現在居住している住宅・不動産を金融資産に含めないで、手元に流動性がある資産で1億円を確保する、いわゆる「億り人」になるケースなどが考えられます。

余裕がある生活をするためには、月の支出額が約30~40万円あれば良いと言われています。定年退職後に25年間生きるとして、毎年の年間支出額分をまとめて獲得し、なおかつ原資は不労所得と金融資産の取り崩しで確保すると考えた場合、年間400万円の支出の25年間分でだいたい1億円になるという計算ですね。

短期トレードでFIREを実現するのは難しい

FIRE
(画像=PIXTA)

―「億り人」になるには、どのような方法があるでしょうか?

アメリカでは常識ですが、「401k確定拠出年金」などを通じて、税控除の恩恵を得ながら将来のために「お金を貯めながら増やす」という手段が考えられると思います。

機会に乗じて短期の売買で稼ぐ投機取引(Speculative trading)という手段も考えられますが、簡単ではないですし、成功し続けるのははっきり言って不可能です。AIやシステムなどのコンピュータと勝負することになりますし、仕事や家庭を犠牲にしてディスプレイに張り付いて、短期トレードを繰り返すというのも、あまり現実的ではないでしょう。よくマネー雑誌で、「短期トレードで何億円も稼ぎました」という人が出てきますが、その裏には失敗した方が山ほどいます。

そのため、私は長期投資(Long term investment)が重要だと考えます。つまり、株式投資であれば将来の利益や配当の成長を期待して資金を投じるというやり方です。

長期投資の場合でも、「個別銘柄を10倍、テンバガーさせて億り人になる」という考えの人が多いですが、これにも疑問符がつきます。なぜなら投資対象の会社の株価が大幅下落したり経営破綻する可能性が否定できないからです。

「最強の株価指数」はナスダック100指数

ナスダック
(画像=PIXTA)

―長期投資の王道というと、やはり積立投資ですか?

よく「S&P500指数に連動した投資信託で積立投資をする」という手法が話題にあがります。この方法は手堅いですが、すでに広く知られ手垢がついている手法ともいえるでしょう。

したがって、私はS&P500指数だけではなく「世界最強の株価指数」とも言えるナスダック100指数にも長期投資してはどうか、と提案させてもらっています。実際、ナスダック100指数は30年前から77倍になっており、年率換算すると17%の成長を続けています。下の図表は円換算したナスダック100指数の30年パフォーマンスです。

株価の上下はあるものの、アメリカのイノベーションとそれに連動する企業収益の拡大といった要因で右肩上がりに成長しているのがナスダック100指数です。

ナスダック100指数は、ナスダック3,400社ほどの中から金融業種を除く時価総額上位100社で構成されている株式指数です。IT・ハイテクのかたまりで、バイオテクノロジーやニュービジネス分野の主力企業が上位を占める一方、スターバックスやコストコなどのチェーン店なども入っています。毎年12月に1回、銘柄の見直し(入れ替わり)もあります。100社から外れる銘柄があれば新しく入る銘柄もあり、2020年にはZoomなどが新たに組み込まれました。

このナスダック100指数の主力上位銘柄が、Googleの親会社であるアルファベットやAmazonなどのGAFAMです。これらが時価総額の上位、おそらくナスダック100指数の40%~50%を占めています。

上の図は、1990年末に円ベースでナスダック100指数にまず100万円を投資し、その後は3ヶ月ごとに10万円ずつ追加投資していった場合のシミュレーションです。赤いラインがナスダック100指数(円換算)ですが、今年6月時点での投資元本(簿価)が1,320万円であった一方、時価総額の総資産が2億1,519万円に膨らんできたことがわかります。つまり、円換算のナスダック100への積立投資が「2億り人」(=億り人×2)になってきたというわけです。

私が「世界最強の株価指数はナスダック100指数だ」というのは、過去30年の市場実績から得た結論です。一方で、過去30年間の実績がこれからも当てはまるとは限らない、という疑問はあるでしょうし投資の世界では投資成果の約束も確約もできません。ただ「過去は未来の鏡である」との格言もあります。

長期でこれだけ実績があるマーケットは投資家の信頼感があるといえるでしょう。一方で、寂しいのはTOPIX、日本株です。日本株は30年間でほとんど上昇していません。そのため、日本株は少し株価が上がると個人投資家がすぐに売ってしまい、積立投資で多くの成果を得ることが期待できませんでした。

私が、「ナスダック100指数が最強」だと主張するもうひとつの根拠が時代背景です。現在はデジタル革命の真っ最中であることを表現する「CAMBRIC」という言葉があります。以下の単語の頭文字をあわせた言葉でデジタル業界・IT業界における今後10~20年間で成長が期待される7種類のメガトレンドです。

このCAMBRICが伸びていくに従って、ナスダック100指数に含まれているような企業が競合しながら、イノベーションの進展と収益を拡大させていく可能性は高いと思います。

ETF積み立てなら100円からスタートできる

100円玉
(画像=PIXTA)

―ナスダック100指数に投資するためには、具体的にどのような方法があるのでしょうか?

楽天証券で取引できるナスダック100指数連動型で運用経費率(信託報酬率)が比較的安いインデックスファンドやETFは6本(種類)ほどあります。

投資信託のほかに、東証上場ETFもありますし、アメリカ上場ETFもあります。例えば、ティッカーシンボル(コード)QQQは、アメリカで非常に人気があるナスダック100指数連動型ETFで、「トリプルキュー」「キューズ」などと呼ばれています。運用純資産が20兆円ほどのETFですが、単価が376ドルなので、1口4万円程度から買うことができ、株価も1年前と比べると約3割上昇しています。

東証上場の「 Nomura NF NASDAQ-100(R) ETF」「上場インデックスファンド米国株式(NASDAQ100)為替ヘッジなし」といったETFを購入するという選択肢もあるでしょう。

ちなみに、楽天証券では投資信託であれば100円から投資できるので、まずは少額から始めてみるという選択肢もあります。

これまでの話をまとめると、FIREを達成するには、長期的な視野とまとまったお金が必要になるということです。

「FIREになれる個別銘柄を教えてください」と言われても私には分かりません。しかし、成長期待が高いインデックスに定時定額投資(積立投資)していくことは、カメのようなゆっくりとした歩みですが、結果的にはウサギを追い抜く「資産形成の王道」ではないか、と思っています。

―「30年間の期間」と「100万円程度の元手と積立していける資金」があれば、一定の確度でFIREを実現できるかもしれないというのは、若い人にとっては希望が持てる話かもしれませんね。

20代から、ナスダック指数への積立投資を始めた人は、公的年金がもらえる65歳よりも前に「億り人」になる可能性が期待できますし、公的年金に頼ることなく、30年以内に自由な生活を送ることができる可能性もあります。

よくFIREの方法論の一つとして、不動産投資が挙げられますが、私はリスクやコストも多いと思います。物件が空き室となるリスクもありますし、管理費・修繕積立金、固定資産税などのコストを差し引くと実質のリターン(利回り)は低くなるケースもあります。また、不動産は金融資産ではないので、流動性が低く、すぐに売買して現金化できません。そのため、私は証券投資で金融資産の拡大を目指した方が良いと思います。

―「積立投資は退屈」という人もいると思いますが、積立投資をより楽しむためにはどうしたら良いですか?

常にマーケットを気にして、一喜一憂しながら、売買している方がダイナミックに感じますが、それで「億り人」になれるとは限りません。それよりも、少し退屈かもしれませんが、株価が上がろうが下がろうがほったらかしにする投資法の方が精神的にもおすすめです。

時間がかかるのが嫌なのであれば、初期投資の段階から3ヶ月に1回100万円分の株を買ってみてください。そもそも、ある程度の元手がないと「億り人」になるのは難しいでしょう。確かに退屈かもしれませんが、若い世代からドルコスト平均法と複利運用を実践することがFIREには、一番着実な近道だと思います。

また、FIREを目指す前提として、収入以上に支出がある人は貯金によって、当初の投資資金を生み出すこともできません。収入を増やすだけでなく、支出を減らすことも大切です。世界でも有数のお金持ちである投資家・ウォーレン・バフェットさんも、毎朝ボロボロのトラックを自分で運転して会社に行き、コーラとハンバーガーを買って食べていると言われています。つまり、贅沢を全然していないとのことです。収入が高いと税金も高くなるので、収入の水準に生活を合わせて支出が増えていると、お金なんて貯まるわけがありません。なので、多くのFIREに関する書籍には投資以前に、仕事をスケールアップして収入を増やす、そして支出を減らすことが常識として書かれています。

どうしても個別銘柄なども試してみたいというのであれば、一定の資金をインデックスファンドで積み立てながら、残りの資金を自分が良く知っていて経営者やビジネスモデルが好きな会社に少しずつ投資してみる、といったやり方もよいのではないでしょうか。