SDGsをはじめとし、「サステイナブル」な社会づくりに対する機運が高まっている。エネルギー分野では、太陽光や風力、地熱などの再生可能エネルギーの活用が数十年前から注目を集めてきたが、ここ数年でさらに加速している。地熱においては、地熱発電所の設置や温泉への活用が進んできた。

地熱大国である日本は資源量こそ世界第3位だが、地熱発電設備容量は第10位とまだまだ整備の余地がある。このような背景の中、地熱資源のよりよい活用に向け、模範となる地区を選定して全国的に地熱資源活用の方法を展開することを目指すためにスタートしたのが「地熱モデル地区プロジェクト」(https://geothermal-model.jogmec.go.jp/)だ。

今回は地熱モデル地区プロジェクトの事例を軸に、日本における地熱資源活用の可能性やビジネス機会について、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC) 地熱統括部 地熱事業部企画課の寺井周氏、金瀬美音氏に聞いた。

(取材・執筆・構成=落合真彩)

JOGMEC
左から寺井周氏、金瀬美音氏(画像提供:JOGMEC)
寺井周(てらい あまね)
JOGMEC地熱統括部 地熱事業部企画課併地熱技術部技術課 課員。2012年3月京都大学大学院卒、2012年4月北海道電力(株)入社。2020年6月JOGMEC入構、地熱統括部 地熱事業部企画課併地熱技術部技術課 配属。主に企画や広報の業務を行い、直近では「地方自治体地熱研究会in八幡平」を担当。モデル地区事業では、3自治体の総括をしている。
金瀬美音(かなせ みお)
JOGMEC地熱統括部 地熱事業部企画課併海外事業課 課員。2018年3月早稲田大学卒、2018年4月JOGMEC入構 資源備蓄本部 備蓄企画部企画課 配属。2021年4月より現職。主に広報関係の業務を行い、直近では「地熱シンポジウムin会津若松」を担当。モデル地区事業では八幡平市をメインに担当している。

■東日本大震災以降、再生可能エネルギーへの期待が高まっている

――まずは、JOGMECが地熱資源開発事業として行っている活動をお聞かせいただけますでしょうか。

地熱資源開発には、初期調査、探査事業、環境アセスメント、開発事業、操業というプロセスを踏む必要があります。JOGMECはこの各プロセスにおいて、3つの取り組みを行っています。初期調査から操業に至るまでには約10年かかりますから、長期にわたる支援になります。

1つ目は、財務リスクの低減です。例えば企業が初期調査として地表調査や坑井掘削調査をするときに助成金を出します。探査や環境アセスメントのプロセスでは、地熱貯留層の確認などを出資によってサポート。開発事業の段階になると、債務保証という形で生産井掘削や発電設備設置等にかかる費用を保証しています。

2つ目が、探査・操業リスクの低減です。企業が調査をはじめる前段階で、地熱資源ポテンシャル調査を行い、全国の地熱開発に有望なエリアを調べていきます。また、企業が地熱資源開発をより短期間で効率的に進めるためのさまざまな技術を開発していくことで、探査と操業のリスクを低減しています。

3つ目が、地熱ネットワークの拡充です。地熱資源開発は、自然公園や温泉など、地域と密接にかかわって実施していくものですから、地域住民との合意形成が重要です。JOGMECはその基盤となるような自治体への支援、国際的な技術交流、理解促進を行っています。

(画像提供:JOGMEC)

――その中で、地熱モデル地区プロジェクトはどのような位置づけなのでしょうか。

地熱モデル地区プロジェクトは、「地熱ネットワークの拡充」にかかわる取り組みであると位置づけています。2018年7月に閣議決定されたエネルギー基本計画に基づいて、地域と共生した持続可能な開発を進めるために、地熱資源を活用した観光や農林水産などの産業に積極的に取り組んでいる地区を「地熱モデル地区」として募集しました。全国からの応募をもとに、北海道森町・岩手県八幡平市・秋田県湯沢市の3地区を選定。JOGMECが広報支援として全国に広く発信する役割を担っています。

――地熱資源開発のより全国的な広がりを目指して、地熱モデル地区プロジェクトを始められたということですね。そもそも国として地熱資源開発に注力するようになったきっかけは何だったのでしょうか。

2011年の東日本大震災以降、再生可能エネルギーへの期待が高まっています。太陽光や風力と同様に、年々予算も増え、追い風が吹いている状況にあります。2012年8月の法改正により、JOGMECに地熱の機能が追加されたことを契機に、地熱資源開発事業の規模を拡大してきました。

――ありがとうございます。日本は、アメリカ、インドネシアに次ぐ世界第3位の地熱資源大国であるということです。海外での地熱資源開発の取り組み内容と、その中で日本の独自性がありましたらお聞かせください。

(画像提供:JOGMEC)

日本は比較的高温の地熱資源に恵まれておりますが、海外では比較的低温の地熱資源の場合も多く、熱暖房利用やバイナリー発電に積極的に活用されています。 また、日本のユニークな点として、温泉文化が根づいているということですね。

――温泉への地熱利用は、日本の地熱資源開発にどう影響するのでしょうか。

地熱発電のための開発によって、温泉に活用している地熱資源が枯渇してしまうのではないかと懸念される方がいらっしゃいます。ですから日本で開発するとなると、温泉事業者や温泉を貴重な観光資源としている自治体、地域住民との合意形成が必須です。

温泉活用の場合、浴用のため40~50度という温度を保てれば十分なので、掘削深度は一般的に数百メートル程度です。一方、地熱資源開発には約150度以上が必要なので、2,000メートル前後を掘る必要があります。このように深度が違うので、実際のところ資源を奪い合うようなことは起きていません。ただ、地下のことは見えないので、不安に思う方としっかりとコミュニケーションを取ってご説明し、理解いただくことが大切だと考えています。

■染め物や農業、ジオパークにも地熱資源を活用

――モデル地区に選定された3地区の取り組みについて伺います。

岩手県八幡平市では、地熱蒸気を活用した「地熱蒸気染め」を行っています。これは世界でここでのみ行われている技法で、テレビ番組にも取り上げられました。地熱蒸気の温度や成分、その含有量などのバランスは、地域によって異なります。そのため、この土地にしか出せない色が出てくるのです。

(「地熱モデル地区PROJECT」より引用)

――こういったものが唯一無二の観光資源となって地域振興につながっていくのですね。他の地区の例もご紹介いただけますでしょうか。

北海道茅部郡森町では、森町で生産されるトマト、ホタテ、豚肉でつくる森町オリジナルハヤシライス「森らいす」を開発しています。「森らいす」に使われているトマトソースは、地熱資源を活用した園芸ハウスで栽培したトマトからつくっています。

北海道で唯一の大規模地熱発電所である森発電所から、地熱蒸気の生産時に副次的に発生する熱水を真水と熱交換し、温水を園芸ハウス施設に供給。これによって厳冬期でもトマトを栽培・出荷することができ、大きな利益を得ている事例です。

秋田県湯沢市では、森町同様、農業面ではパクチーの栽培や牛乳の低温殺菌加工に熱水を利用しています。また、NPO法人日本ジオパークネットワークから認定されている「ゆざわジオパーク」では、ジオパークと地熱を掛け合わせた観光促進も行っています。JOGMECはこの観光促進事業において、策定実証のお手伝いをさせていただいています。

■発信方法に課題。草の根活動も含めて全国に広める方法を模索

――現状の課題として捉えられていることは何かありますか。

地熱モデル地区プロジェクトは、モデル地区からJOGMEC へ情報提供いただき、JOGMEC はモデル地区の広報支援、そして全国展開するというスキームでスタートしました。2019年に始まってこれまでは、情報提供と広報支援に力を入れてきましたが、今後全国展開のところに力を入れたいと思っています。

なお、地熱に取り組む地域の状況は様々であります。その状況を把握しつつ、現在の3地区をベースに、発信に力を入れて全国展開していくうえでどういった方法が有効か、模索しているところです。

(「地熱モデル地区PROJECT」より引用)

 

――発信という意味での全国展開ですと、ホームページやメディアへの事例掲載をされています。これ以外にはどのような可能性がありますでしょうか。

例えば森町では、名所、風景などの魅力をPRする動画制作の支援を行い、すでに地熱統括部のSNSでも活用させていただいています。八幡平市では、事業データブックを制作、湯沢市では観光のツアーパッケージを企画しています。これらを組み合わせて、それぞれもう少しSNSの活用は進めたいと考えています。

それ以外には、本当に草の根活動も大切です。対面のイベントで、モデル地区の活動を伝えていく取り組みも進めています。

――対面イベントについて、詳しくお聞かせください。

「地方自治体地熱研究会」というイベントを年1回実施しています。昨年度は秋田県湯沢市、今年度は岩手県八幡平市に地熱に関係する全国の自治体の方々を一堂にお呼びして、グループワークをしたり、実際に現地に行って施設見学をしたりするものです。

全国多数の自治体にお声掛けして、今回は全国から22自治体にお集まりいただきました。自治体の方々と地熱に関する意見交換をする機会は我々としても貴重ですし、自治体の方々にとっても横のつながりをつくれる機会として好評いただいています。

■地域と企業がWin-Winになれるビジネスチャンスはまだまだある

――2021年11月22日に、「地熱シンポジウム in 会津若松~温泉と地熱の共存~」を開催されましたが、反響はいかがでしたか。

2つの基調講演と、トークセッション、パネルディスカッションを行いました。トークセッションでは柳津町長とモデレーターとして唐橋ユミさん、そしてゲストとして飯島直子さんを交え、「福島から広がる地熱のチカラ」ということで地熱資源の豊富な福島の魅力を熱く語りあいました。パネルディスカッションのテーマは「地熱がつくるウェルビーイングな未来とは」ということで6名の方々にご登壇いただきました。

会場には抽選で選ばれた一般の方をご招待し、当日はYouTubeでのライブ配信を行い、合わせて1,744名にご参加いただきました(アーカイブ動画は現在も視聴可)。実際にお越しいただいた方には、地熱の盛り上がりを肌で感じていただけたと思っていますし、オンラインと組み合わせることで今まで以上に多くの方に関心を持っていただけたかなと感じています。

シンポジウム後には福島民報、福島民友、福島テレビなど地元メディアで取り上げていただきました。参加者へのアンケートでも、87%の方に好意的な感想をお持ちいただくことができました。

――ありがとうございます。最後の今後の展望についてお聞かせいただければと思います。

課題としてもお話しした通り、いかに全国展開をしていくかが今後の目標になってきます。例えばある地域で電力会社が地熱発電をしたいとなったときに、地域と電力会社がWin-Winになるようなスキームづくりは、電力会社やディベロッパーの専門分野ではない。そこにビジネスチャンスがあると思います。

例えば、株式会社八幡平スマートファームの兒玉社長は、もともと東京でクラウドIoT制御システムの開発を行う会社を運営していた方で、未活用になっていた熱水ハウスに可能性を見出し、株式会社八幡平スマートファームを立ち上げて50棟のハウスを再生し、作物を栽培しています。

今後も地熱発電所の開発の際、このようなビジネスチャンスがあると思うので、そういうモデル地区での事例を広めていきたいと思います。