アメリカやヨーロッパなどでは広く普及し、日本でも新たな交通手段として電動キックボードが注目を集めている。日本では第一種原動機付自転車に該当し、運転免許証の保持をはじめ、車道の通行やヘルメットの着用、ナンバープレートの取り付けなど、原付バイクと同様の扱いとなるため、走行条件や規制などルールを検討する必要がある。そこで今、ヘルメットの着用の義務化を求めないなどの要件緩和がなされた上で、都内を中心とした各地で公道走行が行われているのだが、この取組の契機にもなった、実証実験を後押しする「新技術等実証制度(以下、規制のサンドボックス制度)」をご存知だろうか?
規制のサンドボックス制度とは、企業が新技術や新事業を行う際にぶつかる規制の壁に対して、限定的に実証を行いながら可能性を探り、社会実装につなげる制度だ。2018年6月の施行以降、分野を問わず21事業計画が認定され、実証プロセスへと進んでいる。
本制度の国内外での活用状況や具体的な事例、今後広がりが期待される領域などを、相談の政府一元窓口を務める内閣官房・新しい資本主義実現本部事務局企画官、松山大貴氏に聞いた。
(取材・執筆・構成=落合真彩)
■スピーディーな事業推進のための実証を行う制度
――はじめに、規制のサンドボックス制度施行の背景についてお聞かせください。
フィンテックやモビリティなど様々な分野において、テクノロジーなどが高度化し、様々な製品やサービスが生み出されようとしているのに、これらを支える制度面の変革のスピードが追い付いていないという実態があります。一方で、ビジネス面でも制度面でもルールを見直していくにあたり、事業者側も政府側も、特に安全・安心を担保していく必要がある分野に関しては、社会的影響などを考慮しながら慎重に進めていく必要があり、そのため社会実装までにはどうしても時間がかかってしまうという現実もあります。この製品やサービスが生まれるスピードと制度などのルール面を見直すスピード、この2つのスピードのギャップを埋めていくことが今まさに求められており、そこで、期間や参加者を限定した「実証」という形で「まずやってみる!」をスローガンとして、2018年に「規制のサンドボックス制度」がつくられました。様々な実証で得られたデータや知見、浮き彫りになった問題点などを、事業化や次の規制の見直しにつなげていくことを狙いとしています。
――海外では同様の取り組みはどのように行われているのでしょうか。
最初はイギリスで動き始めました。フィンテックに代表されるような、明らかにこれまでのビジネスモデルとは異なるものを考えていくために、「サンドボックス」、まさに「砂場」として実証してみようということで2016年から始まっています。イギリスはフィンテック関連から始まり、その後エネルギー関連など他の領域に広がりました。それ以降、各国でサンドボックス制度の取組みが進んできています(日本で制度が始まった2018年時点で、日本を含め18か国)。
――日本でもフィンテック領域の案件からスタートしたのでしょうか。
実はそうではなく、日本ではスタート時点から分野を問わない取組みが進んでいます。最初に認定されたのは、パナソニックさんの「⾼速PLC (電⼒線通信)でつながる家庭⽤機器」の実証と、MICINさんの「インフルエンザ罹患時のオンライン受診勧奨」に関する実証でした。フィンテック系の実証はその後から出てきましたね。
――フィンテックの事例が最初ではなかったことには、日本ならではの事情があるのでしょうか?
事情というよりは、制度の根っこに、フィンテック分野に限らず、「新しい技術やビジネスの社会実証をどう進めていくか」ということがあったからでしょう。冒頭にご説明したような制度の背景もあり、自然な形で分野問わず進んできたのだと思います。
■実証プロセスの変更にも臨機応変に対応。法改正の準備が進む領域も
――これまで行われてきた実証の中で代表的な事例を伺えますでしょうか。
まさに今動いている話で言いますと、モビリティの分野で「電動キックボード」の実証があります。最近は都市部などでも電動キックボードが走っているのを見かけることが増えてきたと思いますが、実はこれはサンドボックス制度を活用した実証から始まっています。電動キックボードの安全性の問題を検証するために、シェアリング事業者さんが大学の構内で走行実証を行いました。実証結果を踏まえて、規制の特例措置を設けて事業を推進していく「新事業特例制度」を活用し、様々な取組みへとステップアップしています。そして今まさに道路交通法とか道路運送車両法といった関係法令の見直しに向けた議論が始まっており、法改正等の準備が着々と進められている状況です。モビリティは特に安全にかかわる領域ですから慎重になる必要がありますが、一方でモビリティの形はどんどん変わっていきます。こういった変化に対して、規制のサンドボックス制度をきっかけに取組みが進み、エビデンスを積み上げて安全性を確かめながら、法整備をしていく流れが生まれてきた。そういう意味で象徴的な事例だと思います。
――実証をスタートさせるまでと、スタートさせてから実証終了までにはどのくらい期間がかかるものなのでしょうか?
これはよく聞かれる質問なのですが、本当にケースバイケースです。ご相談いただいてから各省と話をして、数か月で実証までいけるものもありますし、1年近くかかるものもあり、一概に言えないというのが正直なところです。ご相談いただく時点で、事業者さん自身がどのくらい課題意識や実証の構想がクリアになっているかも影響してきます。ただ、ご相談いただいたら我々はハンズオンで議論や調整を進めていきますので、法律的な観点、社会的な意義なども含めて、進め方は話し合いながら案件ごとに決めていく形となります。
――実証した結果、想定していたデータやエビデンスが取れなかった場合には、アプローチを変えて再度実証することも可能なのでしょうか。
可能です。実際に実証していく中で、もう少し期間を延ばしたい、やり方を少し変えたいというご要望は出てきますので、その際には計画の変更もできる形になっています。その辺りはフレキシブルさや柔軟性を持って制度運営をしております。
■分野を問わず、企業の新事業創出に資する取り組み
――取り組みを進める上で課題として感じられていることはありますか?
規制のサンドボックス制度は2018年当初、「生産性向上特別措置法」という時限措置で「とりあえず3年間やってみよう」ということで始まりました。これまで3年間で21事業計画の認定を行ってきて、ちょうど3年目にあたる今年(2021年)、規制のサンドボックス制度は生産性向上特別措置法から産業競争力強化法に移管・恒久化されることになりました。課題としては、この制度をもっと多くの事業者さんに使っていただける形にしていかなければいけないと思っています。制度の理解を進めるための周知や広報には今後も力を入れていく所存です。制度の理解だけでなく、実証を行った結果もしっかりと発信していく必要があると思っています。実証事業はいろいろな分野で行われることが非常に重要ですから、事業者さんのビジネス優位性を損なわない範囲で、実証結果を世の中に打ち出していきたいと考えています。ある領域の案件が動き始めたら、そのことが呼び水になって同領域の別案件の相談をいただけるケースも発生しています。そういう好循環を生み出していくことが非常に重要だと思います。
――今後活用が広がっていくだろうと感じられている領域があればお聞かせください。
ヘルスケア周りはもっといろいろな案件が出てくるだろうなと思っています。ヘルスケアと一言で言っても先ほど申し上げたオンライン受診の領域もあれば、臨床データにブロックチェーン技術を活用するなどの研究領域もあります。モビリティや金融もそうかもしれませんが、安全や安心に密接にかかわる領域は、やはり規制も強くなっている現状があります。ここに対してどのように新しい技術やビジネスを展開できるのか。これが規制のサンドボックス制度の活用場面として重要なところです。従来にはなかった新しいビジネスやサービス、製品が出てくる中で迅速に対応するための実証と規制の調整を今後も進めていきたいと思います。
――企業の制度活用への期待についてお聞かせください。
実証によってスピーディーにエビデンスやデータを集めていくことで、結果的に事業の成功率が高まることが予想されます。「規制のサンドボックス制度」という名称上、どうしても規制改革的なイメージが先行してしまうのですが、我々は事業者さんの活動をより前進させる役割を担っていると思っています。よりクリアに先を見通しながら、新しい事業計画を作っていくことにも、この制度は活用できますので、規制的な問題を抱える領域・事業のみならず、「新事業の創出」に大きく資する取組みになるでしょう。新しいビジネスがどんどん生まれていく“事業創出の苗床”のような機能を果たしていきたいというのが、本当に思っているところです。あらゆる場面で規制のサンドボックス制度を使って実証を行っていただける環境を作っていきたいと思います。