「ダイバーシティ&インクルージョン」が推進される中で、女性が妊娠・出産・子育て等によってキャリアを中断せざるを得ない状況は解消すべき課題である。また、各企業や団体には、性差なく就業機会を得られる環境の整備も求められている。
厚生労働省の委託事業である女性就業支援全国展開事業では、女性の就労支援を行う施設・団体等を対象として、女性活躍に関する相談受付や資料提供、講師派遣など様々な取り組みをしている。主に女性の就業支援や健康管理支援に関する内容で、講師派遣は例年120件ほどに上るという。
人口減少フェーズの日本において、女性が働き続けることは経済的にも重要な課題だ。その実現のためにできることは何だろうか。今回は厚生労働省、雇用機会均等課長・石津克己氏に、女性活躍に関する国内外の現状と企業の取り組み事例について聞いた。
(取材・執筆・構成=落合真彩)
■M字カーブの解消に向け「女性を支援する人を支援する」
――まずは、「女性就業支援全国展開事業」の取り組みの背景についてお聞かせください。
国は女性が仕事の場で活躍することに対して、特に重点的に取り組むべき課題と位置づけており、女性が活躍できる社会をつくっていかなければならないと思っています。ただ、「女性の活躍を推進しないといけない」とは裏を返せば、女性の活躍が十分に実現できていない現状があるということです。
数十年前と比べれば、女性の就業率は高まっていますし、職域や就業分野もどんどん広くなっています。ですが、本当の意味で男性と女性に機会が平等に与えられ、その機会を自分のものとしているかというと、なかなかそうは言えないのではないでしょうか。仕事を続けたり、能力を養い、それを発揮したりすることに関して、様々な困難に直面している女性は少なくないでしょう。
そういう中で、女性が働く意欲を失うことなく、職業生活を通じて健康を維持増進しながら、能力も伸ばせるような環境を整備することが必要です。そこで、2015(平成27)年に女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)ができました。厚生労働省としてはこの法律より前の2011(平成23)年度から「女性就業支援全国展開事業」を実施しております。
47都道府県、約1700の自治体には様々な女性応援の取り組みや団体、施設がありますが、自治体や団体によってその能力は様々です。女性就業支援全国展開事業は、直接的に働く女性を支援するというよりは、こういった「女性を支援する人や団体をバックアップする事業」として始まったものとなります。その取り組みの1つとしてWebサイト「女性就業支援バックアップナビ」を運営しています。
一方で、働く女性自身の健康を応援する「働く女性の健康応援サイト」 も2021年1月に立ち上げました。妊娠や出産という、男性とは違う特性を持っている女性の方々が「健康に働ける」ことは、女性活躍の基盤になります。そのためには、Webサイトでの情報発信が必須だろうと考えスタートしました。
――海外と比べたときの女性活躍の状況はいかがでしょうか。
日本の女性の就業状況についてヨーロッパの国と比較すると、率直に申し上げて見劣りするような現状があります。例えば、女性の就業率は、20代半ばから後半をピークにして、出産、育児を迎える年齢層で一旦低下し、40代前半でもう一度上昇するという、いわゆるM字カーブというものがあります。子育てをしている期間に仕事を中断することで、子育てが落ち着いて復帰したとしても、中断している間のキャリアアップが図れないことにより、管理職になる女性の割合は低くなり、その結果、賃金水準も男性と比べ女性の方が低くなっています。
実はM字カーブは、フランスでは2000年頃、オランダでは2008年頃にほぼ解消されています。ところが日本は2021年の今もM字カーブが残っている。この課題は克服しなければなりません。
――フランスやオランダでM字カーブが解消された背景には、どのような取り組みがあったのでしょうか。
おそらくどの国も同じように、近代以降、工業化による男性中心の働き方はあったと思います。ですが、その改善に向けた取り組みが日本より早かった。これは間違いなくあります。取り組み内容の1つは、法的な子育て支援や保育サービスの整備です。もう1つは、我が身を振り返ると非常に申し上げにくいのですが、パートナーとの間に「育児や家事分担をする」という文化を醸成する。これがすごく大事なことです。
■長期的なキャリア形成は企業経営の重要事項となる
――女性の活躍が進む企業や業界の共通点はありますでしょうか。
現在、女性の割合が高い職種は、①医療福祉、②金融保険、③生活関連サービスや娯楽(サービス業)となっています。また、管理職の割合が高い職種は、①医療福祉、②生活関連サービスや娯楽、③教育学習支援です(令和2年度 雇用均等基本調査より)。
これは業種や職種の特性もあるかもしれませんが、企業の経営者や人事労務担当者の中に、「偏見なく女性を採用し、大いに能力を伸ばし、発揮していただくことが企業の存続に決定的に大事である」という認識を持っている企業が多い産業であると考えています。
人の行動は自然現象ではありませんから、やはり「意識」をして、女性に活躍していただく努力をされている企業では、女性の割合が高くなっています。
――医療福祉分野や、サービス業には確かに女性の割合が高いイメージがありますが、金融保険分野が2番目に高いのは意外な結果にも感じます。
これは自らの経験から言えることですが、金融保険業は間違いなく意識的に女性活躍を推進しています。なぜかというと、キャリアを中断せずに長く勤めていただくことが企業にとって重要なことだからです。
どんな産業でも、昔と比べ、仕事で必要とされる知識や技能が高くなっています。そうでない仕事は機械に取って替わられていきます。特に金融保険業は、今後、規制が厳しくなることはあっても、易しくなることはありません。これにきちんと対応をしていくためには、キャリアを中断せずに長く働き、知識や技能を高めていただくことが必要です。
そこで、男性女性問わず能力のある方を採用し、育成して能力を発揮していくことに関して、金融保険業の方々は意識を高く持っていらっしゃいます。それが女性の割合に表れていると考えています。
■前例にとらわれない建設業、海運業での女性推進
――女性の活躍に関して、日本企業が抱える課題の中で特に多い課題は何でしょうか。それに対して、どのような対処が考えられるのでしょうか。
わが国では義務教育はほぼ100%、高校進学率も100%近く、短大も含めて大学進学の割合でいうと女性の方が少し高い状況です。つまり、教育機会については、男女平等がほぼ実現されていると言えます。問題は、職業生活に入るところからです。男女間の役割分担意識が、女性側にも男性側にもあるのでしょう。
例えば、男性の上司や人事担当者が「良かれと思って」、負担が少ないところに女性を配置していないでしょうか。人は少し難しい仕事を任されることによって能力が伸びていく側面があります。その機会を知らず知らずのうちに奪っていないでしょうか。あるいは、管理職登用を考える場面で、無意識のうちに男性が優先されていないでしょうか。そういった先輩社員を見た女性社員が、「やっぱり女性は頑張ってもダメなんじゃないか」と思ってしまうような環境はないでしょうか。
女性も男性も「一旦仕事を中断した後は、以前と同じようには働けない。女性はそういうものだ」と思ってしまう社会は、各人が能力をフルに発揮している社会ではありません。ですから1つひとつの企業で、「自社では本当に偏見なく採用や管理職登用しているか?」を点検していただく必要があると思っています。
――実際に女性活躍を推進している取り組み事例をお聞かせいただけますでしょうか。
これまでは「男性の仕事」というイメージが強かった業界にも、女性採用を増やしている企業はあります。例えば建設業ではこれまで、女性用トイレや女性用更衣室がない企業も少なくありませんでした。そういった設備を整え、精神的にも安全を感じられるように、監視カメラやセキュリティ面も充実させて、女性を増やそうとしている建設会社さんがいらっしゃいます。
国土交通省では、「けんせつ小町」というキャッチフレーズで、建設業で働く女性を応援する取り組みを進めています。中高年層ですと、今でも建設現場で女性が働くことを想像できない方が多いかもしれませんが、実際には、建設現場で働く女性は徐々に出てきています。意識を変えていただくためには、やはり前例にとらわれない取り組みが非常に大事であると思います。
――前例にとらわれない取り組みについて、もう少し事例がありましたら教えてください。
海運業界も女性の割合が低い業界の1つです。女性船員の比率はわずか2.4%にとどまっており、必ずしも女性船員の就労が進んでいる状況とはいえません。このため、国土交通省では女性船員の活躍促進に向け、2017年6月に「女性船員の活躍促進に向けた女性の視点による検討会」を設置しました。
女性の視点で考えるこの検討会では、「女性船員への対応について事業者の意識とはギャップがある」、「結婚・出産等のライフステージの変化に合わせた体制・制度の充実が必要」などの意見が出され、今後取り組むべき施策の提案がなされました。
施策の具体的内容は、採用活動を行う「事業者への情報発信」、船員という仕事に対する「女性への情報発信」、女性が働き続けられる「環境の構築」の3点です。国土交通省は、『輝け!フネージョ★』プロジェクトとして、海事産業における女性活躍推進の取組事例集を公開しています。
■いま、目の前にいる女性に活躍してもらうということ
――女性を採用する経営者や、働く女性自身に伝えたいことがあればお教えください。
日本国内ではどの業界、どの企業でも、これからさらに目に見えて働き手が減っていきます。そのときに、いま目の前にいる日本の女性に活躍していただけないような企業が、海外の百戦錬磨の企業と戦うことができるでしょうか。
女性に働き続けていただくこと、能力を磨いてそれを発揮していただくこと、今働いていない女性に「働きたい」と思っていただき、仕事の現場に戻ってきていただくこと。これらはものすごく重要なのです。そのことを経営者の方にはご認識いただき、女性自身も、日本社会において自分たちの力が必要とされているんだという気持ちで仕事を続け、能力を発揮していただければと思います。
――今後の取り組みとして考えられていることはありますでしょうか。
今後の取り組みの1つとして、2022年4月から、女性活躍に関する課題の発見、推進への取り組みについて、企業に対してコンサルティング等を行う「民間企業における女性活躍促進事業」を新たに始める予定としております。
また、これまで常用労働者数301人以上の企業には「女性活躍推進法に基づく行動計画の作成」を義務化していました。これを2022年4月1日から、常用労働者数101人以上の企業まで対象を拡大いたします。
これは例えば「男性と女性の採用は50対50でなければいけない」とか、「管理職や役員の半分を女性にしないといけない」といったことを義務付けるものではありません。ただ、1つひとつの企業で、「女性の能力を100%引き出すような取り組みをしているか」という意識をより強く持っていただきたい。そのためにより多くの日本企業に行動計画の作成をしていただくものとなります。
例えば、建設業であれば女性の採用が課題です。金融保険業であれば、さらなる女性の管理職登用が課題です。ですがこれは克服できます。先ほど申し上げたような先行事例がありますし、私どもは常に良い事例を収集しています。こういった事例を全国津々浦々の経営者の方々に届け、「我々の会社でもできるかもしれないな」と思っていただけるように、これからも積極的に集めていきたいと思います。