2011年に米オンライン証券の「トレードステーション」を子会社化して、いち早く米国株投資のインフラ構築を整えたマネックスグループ。その“先見の明”は今では周知のところ。そして、2018年に子会社化した暗号資産のコインチェックは早期の経営再建を果たして、今やグループのドル箱に変貌している。そして、新たに個人投資家と日本企業の架け橋を目指す「マネックス・アクティビスト・ファンド」を立ち上げて新たなチャレンジも始まっている。マネックスグループの松本大CEOに、現状の証券界が抱える課題やグループの成長戦略をインタビューした。

(取材・構成=三枝裕介 文=天野秀夫)

個人投資家のための新たな個別株情報の提供手段を模索中

マネックス証券 松本大
――現在マネックス証券は、ほかのネット証券と比べてどういう立ち位置であるとお考えでしょうか?

顧客に価値を提供する企業を目指して、投資商品の拡大や利便性を追求してきました。また、マーケットの見方や投資に関する考え方など、様々なセミナーの開催を積極的に展開してきたことには自負を持っています。日本の株式も魅力的ですが、米国株はボラティリティが比較的低いにもかかわらずリターンが期待できるため、引き続き注目の投資対象です。

ここからの課題を挙げるとすれば、個別株の情報を個人投資家に紹介する方法です。米国株についてはポートフォリオやアロケーション、最長で過去10期以上の企業業績が一目でわかる銘柄分析ツールの「銘柄スカウター」をすでに提供しています。しかし、実際にどの銘柄を買えばいいかは投資家任せになっています。

大量推奨販売の問題などはありますが、いろいろな枠組みでどのようにして個別銘柄の紹介や情報提供ができるかを検討したいと考えています。

――個別銘柄への投資環境については、どのような感想を持っていますか。

最終的に米国では自己責任の原則が徹底しています。日本は自己責任と言いながらも、政府、金融庁が投資家保護の旗を掲げて様々な規制が存在しているのが現状です。企業の株式市場への上場についても、米国では一定程度の条件を満たし、情報開示をしていれば、企業によってはスムーズに上場できる環境が整っています。そのため日本の場合、新しい産業が国内で上場できず、代わりに海外市場に流れてしまうことが懸念されます。私のライフワークとして、この取り組み改善を進めていきたいと考えています。

一方、日本の産業界に目を転じてみると、バイクやカメラなどの分野は世界トップ。ところが、金融や通信分野では世界では勝負になっていません。2006年に京都大学教授の山中伸弥氏が世界で初めてiPS細胞の作製に成功し、2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞したことをきっかけに、iPS細胞の再生医療分野では世界のトップレベルに立ちました。これは、再生医療の分野は規制緩和によって比較的自由な研究を可能にした、という背景があります。日本は当局が規制をし過ぎなければ、まだまだ、様々な分野で伸びる余地はあります。

実は、日本の個人投資家の金融リテラシーは、結構しっかりしています。バブル崩壊後、ピークで不動産を売って、外貨も株も買わずに円固定金利商品を買うなどして成功しているのですから。よく、日本の個人投資家は金融リテラシーが低いと言われますが、決してそんなことはないのです。

メタバースの登場など、暗号資産の可能性はさらに広がっている


――暗号資産の将来性についてどのような見方をお持ちでしょうか。

暗号資産はこれから大きく成長すると考えています。国内では、金融庁がフィンテックに係る最新のビジネス・技術の動向を把握し、金融行政に役立てていく観点から新たな部署も設置されます。財務省では昨年11月開催の関税・外国為替等審議会の分科会を受けて、暗号資産を外為法の資本取引規制の対象に加える方針を示すなど、行政サイドの動きも出てきました。

米国でもFRB(米連邦準備理事会)がデジタル通貨に関する初のレポートを今年1月に発行しています。経済安全保障上の観点からも暗号資産技術を使った中央銀行デジタル通貨の検討が行われています。

振り返れば、インターネットの躍進から米国のGAFA(アルファベット、アマゾン、メタプラットフォームズ、アップル)の急成長がありましたが、この先にあるのが暗号資産のキーテクノロジーであるブロックチェーンです。ブロックチェーンの技術はビットコインなど暗号資産に使われています。暗号資産は資産としての未来性が広がっていると言えます。

また、米国ではオンライン決済サービスのペイパル(PayPal)やブロックに社名を変更したスクエアなどがデジタル資産事業に乗り出し、飲料大手のコカ・コーラもビットコイン決済を可能とする自動販売機を展開しています。暗号資産投資に進出している米国企業は多数ありますが、日本の大手機関投資家の暗号資産投資はほぼ見られません。日本の個人投資家は機関投資家に先行して暗号資産に投資できるタイミングにあるのです。

――昨年来、話題となっているコンピュータネットワークの中に構築されたオンライン空間のメタバースと暗号資産の親和性も注目されています。

メタバースの側面からも暗号資産の成長余地はあると言えるでしょう。歴史を紐解けば、江戸城前の土地を買って三菱グルーブの基礎を作った岩崎弥太郎氏や、戦後の焼け野原だった渋谷の土地を買って東急グループを創設した五島慶太氏のように、メタバース上のランド(土地)への投資が大きな資産形成につながっていく夢があります。

――最後に、アクティビスト・ファンドなど新たな取り組みを教えてください。

新たに金融のフレームワークを活用して、環境問題に直接貢献できるサステイナブルファイナンスに取り組むための体制を整えました。また「マネックス・アクティビスト・ファンド」による企業との対話を通じて、企業の資金の流れをESGの側面からも分析、評価し、企業価値の向上へとつなげることにも取り組んでいます。

「マネックス・アクティビスト・ファンド」を通じて個別企業の経営者との話は実に面白いものがあります。日本経済の産業構造がわかるほか、運用にも手作り感を感じられるものとなっています。コンプライアンス面での制約も多い分野ですが、エンゲージメント(投資先企業との対話)を積極的に進めて、得られた情報もどんどん個人投資家に提供していきたいと考えています。

【インタビューを終えて】

投資家本位の経営戦略を推進して、マネックスグループの事業領域は順調な拡大をみている。事業領域が日本、米国、香港、豪州のオンライン証券に加え、クリプトアセット、投資セグメントへと多角化し、多様な収益源を持つ企業体へと成長を遂げている。暗号資産を取り扱う「コインチェック」の躍進も顕著だ。そして、2021年11月には米国でオンライン証券事業を手掛ける子会社「トレードステーショングループ」のニューヨーク証券取引所への上場方針を打ち出した。5月の連休明け以降にも、グループ会社のIPO(新規上場)というサプライズが話題となる期待が膨らんでいる。

松本大(まつもと・おおき)
マネックスグループ代表執行役社長CEO
1963年、埼玉県出身。東京大学法学部を卒業後、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券に入社、ゴールドマン・サックス証券を経て、マネックス証券を設立し、代表取締役に就任。暗号資産取引所のコインチェックなど、国内外に企業のM&Aにも積極的。個人投資家に寄り添った様々な施策で業界をリードしていく。