田村 徳至(たむら よしみち) 准教授
 
田村 徳至(たむら よしみち) 准教授

田村 徳至(たむら よしみち) 准教授

信州大学学術研究院教育支援センター准教授。専門は社会科教育、金融教育、消費者教育、経済教育など。現在は「金融経済教育を推進するための教師用指導書開発」などの研究課題に取り組む。日本社会科教育学会や経済教育学会など、多数の学会に所属。中学校の社会科教師として活躍後、2018年より現職。

ーまず、簡単な自己紹介と経歴をお願いします。

田村准教授
新潟県の加茂市出身です。大学卒業後、新潟へ戻り、約21年間中学の社会科教師として勤務。その間、上越教育大学の大学院で2年間学びました。2013年から信州大学で教え始め、教職課程を履修する学生向けの授業を担当しています。

ー金融経済教育を推進するための指導案の作成にも携わっておられたとお伺いしました。どういった内容になるのでしょうか。

田村准教授
高校生と中学生向けの学習指導案のことですね。日本証券業協会が主催する金融経済教育を推進する研究会からの依頼で執筆しました。

私が担当したのは、消費生活における経済学の基礎的・基本的概念、契約、金融に関わる社会保障についての部分です。経済分野の学習において重要となる概念(希少性など)を確実に習得し、その後の経済学習につながることを第一に執筆しました。中学生と高校生向けに、契約についてもふれています。これは金融教育というよりは法教育や消費者教育の一環ですが、間接的には金融教育と関連している部分です。

ー指導案というのは、中学生や高校生に対して授業をする教師に向けてのテキストという形になるのでしょうか。

田村准教授
はい、教師が金融について授業を行う際、貴重な指南書となるよう工夫しました。日本証券業協会が希望する全国の小中学校に配布しています。

家庭基礎でも投資や資産形成について学びます。しかし、多くの家庭科の教師は食事や服飾の分野が専門で、経済や投資の知識は少ないのが現状です。この指導案は、ワークシートや詳細な資料など、教科書にプラスアルファした内容を満載しています。私が執筆したのは一部ですが、ほかの専門家によって書かれた部分も非常に質が高いです。経験や知識が少ない場合でも、すぐに授業準備に役立てられると思います。

ー先生の書かれた部分について、内容を詳しくお伺いできますか。

田村准教授
18歳は法的に成人となりますので、高校3年生の段階で、自己の意志でクレジットカードを作ったり、自動車を購入したり、親元から離れてアパートを借りたりできます。だからこそ、契約書の内容をしっかり読むこと、落とし穴や注意点が何であるか自覚することが肝要です。

たとえば、保証人と連帯保証人の違い、連帯保証の重要性や恐ろしさを理解することは有意義です。もし自分が連帯保証人となって、債務を肩代わりすることになった場合、自分が支払えるかどうかをしっかり考えなければなりません。安易に連帯保証人になってはいけないということを心の底から得心することが大事です。

家賃支払いのトラブルや契約時の注意点についても掲載しています。中古自動車の購入契約についても紹介しました。学生には、価格だけでなく信頼できる業者を選ぶことの重要性を理解してほしいです。さらに、売買などの事例を通じて、「あなたならどうしますか?」「問題点は何ですか?」「これから何に気をつけますか?」といった疑問を投げかけ、考えながら学べるようにしました。自分で考えることが知識を確実に身につけることにつながるからです。

これらの事例を通じて、問題点や注意点を学び、理解を深められるように配慮しました。

模範解答も載っているので、初めての先生でもハードルを低くして授業を行うことができると思います。

ー学習指導要領の改定で、2022年度から高校の授業で金融教育が必修化されたことについて、率直な感想をお聞かせください。

田村准教授
「非常に良かった」、「安心した」というのが正直な気持ちです。「もっと早くできなかったのか」と思うところもありますが、学習指導要領に沿って作られた教科書に基づいて、高校生が金融・経済に関する知識を深めていけるということは、非常に大きな意味があると考えています。

ー対応が少し遅いなというのは私も正直なところ思います。成人年齢が18歳に引き下げられたあとに、やっと追いついてきたというような形ですよね。

田村准教授
私の考えでは、成人年齢が20歳から18歳に下がった現在では、高校生になってから金融教育を開始するのは遅すぎます。高校3年生の時点で、金融知識が必要です。可能ならば小学校の段階から金融教育を始め、中学校、高校と続けるべきだと思います。それぞれの段階で対応したカリキュラムが編成され、どの教師でも教えられるようなシステムが理想的です。

ー日本の金融教育が遅れてしまったのはなぜなのでしょうか。

田村准教授
私の主観による意見ですが、日本の独特の文化や雰囲気の中で、「お金の話はタブー」という風潮が存在すると感じています。

ー人前でお金の話をするのはばかられるという文化はあるかもしれません。日本では、投資するより銀行に預けておくのがいちばんという考えも一般的だと思いますが、どう思われますか。

田村准教授
それは、政府の戦略も関係しているかもしれません。1948年、「子ども銀行」が小学校で始まりました。子どもたちが小学校でお金を預ける制度です。80歳代の人なら実際に預けた記憶があるかもしれません。当時の政府は、国民から資金を集め、貯金が国のためになるというメッセージを広めたかったようです。その結果、「貯金は良いこと」という考え方が文化として根づきました。

ーただ、今は金利も下がって銀行に預けても資産が増えていかないですよね。そのうえ賃金も下がっているので、個人の資産形成が大切になっていくと思います。日本では、資産形成という考え方がまだ浸透していないようですが、現在の日本の金融教育について、どういった課題があると思われますか。

田村准教授
経済教育という観点から見ても、金融教育には改善の余地があると感じています。

信州大学では、理系学生が大多数です。彼らに対して以前、直接金融と間接金融についてのアンケートを行ったことがあります。結果として、多くの学生が直接金融を「自分が会社にお金を貸すこと」、間接金融を「株を買うこと」または「銀行に預けること」だと認識していました。直接金融と間接金融の概念は中学と高校の授業で最低2回は学習する内容なので、これは驚くべきことです。

さらに、別のグループの学生107人に、「上場株式を購入した場合、そのお金はどこに流れるのか?」という質問をしたところ、正答率が10%以下でした。約半数の学生が購入した株式のお金が、その会社の設備の購入や従業員の給料に使われると考えていました。

新規に株式を発行して資金を調達するようなケース以外、直接その会社にお金が流れることはありません。しかし、多くの学生は、株を買うとその会社に直接お金が流れると理解しています。実際には、お金を手に入れるのは株を売った人です。こういった間違った認識が金融教育における大きな課題の一つであると思います。

ーそういう課題がなぜ生まれたとお考えですか。

田村准教授
教科書に書かれている株式市場や株式会社の仕組みについて図で説明してあります。とても分かりやすく書かれているのですが、お金の流れという部分については工夫の余地があると感じています。教科書には、「株式市場を通して、株式を売ったり、買ったりできます。その仲立ちは証券会社がしています」という内容だけです。それはそれで正しいのですが、さらに「主に会社の資金として使われるのは、株式を新規発行したときである」という教師からの補足説明があると、より深い理解が生まれると考えています。

ー学生により深く金融について理解してもらうには、どうしたらよいと思われますか。

田村准教授
たとえば大学で金融リテラシーという授業を必修の科目とするのがよいでしょう。ほとんどの大学1年生は18歳以上です。法的にも成人ですので、金融リテラシーや消費者リテラシーについての知識は必須だと思います。

ー企業や社会がどのように寄与していけば、金融教育を推進できるでしょうか。

田村准教授
金融の知識が少ない方に向けて、金融リテラシーを学ぶ機会を増やすことはとても意義があることだと思います。

2022年まで、教員免許状更新制度がありました。私は信州大学で、先生方向けに経済や金融、さらに消費者教育に関わる選択の講習を開講していました。実際に証券会社の経済教育担当の方や金融アドバイザーなど専門家をお招きして、最新の経済情勢や授業の実施方法などを講習していました。しかし、更新制度がなくなり、教師が金融について学ぶ機会が少なくなりました。

金融教育はとても重要です。他の形でも教師が金融について学べる機会を提供するべきだと思います。さらに、民間の金融機関も教育活動に力を入れていますが、一般の人はそうした学びの場があることを知らないことが多いです。まずは、興味を持って学ぶためのきっかけや情報の提供が有用になってきます。

ー最後に、これから金融教育を学ぶ学生に向けてメッセージなどありましたらお願いいたします。

田村准教授
金融教育も経済教育も一生役に立つものであるし、これからは欠かせない知識です。とくに若い方にもっと気軽に学びの場を求めてほしいと思います。各メディアや企業の方にも、ぜひ学びの機会をご提供いただき、日本の金融リテラシー向上に貢献いただけたらと思います。

―素敵なメッセージですね。ありがとうございました。