長瀬 毅(ながせ たけし)准教授
 
長瀬 毅(ながせ たけし)准教授

長瀬 毅(ながせ たけし)准教授

一橋大学大学院経済学研究科応用経済学専攻博士課程を修了。その後一橋大学経済研究所研究員を経て、2004年からは流通経済大学経済学部専任講師として着任している。 大学では日本・世界を含めた大きな経済全体のしくみの中でのお金の流れとその意義・役割を理解することができるような学習を提供している。
趣味は銭湯巡りと写真撮影。

ー はじめに長瀬先生の自己紹介をお願いします。

長瀬毅准教授:1970年に長野県の松本市で生まれ、地元の高校を卒業した後、浪人を経て大阪大学の経済学部に進学しました。その後、一橋大学大学院の経済学研究科に進み、修士課程と博士課程を修了しました。博士課程の修了後は流通経済大学経済学部の専任講師として着任し、現在は准教授として教鞭を執っている状況です。

ー学習指導要領の改定により、2022年度から高校の授業で金融教育が必修になりました。この政策に関して、先生の率直なご感想をお聞かせください。

長瀬毅准教授:実際のところ、学習指導要領の改訂前から、家庭科教育における金融教育は重視されていました。私たちの大学には附属高校である流通経済大学付属柏高等学校があり、そこでは学習指導要領改定を見据えて、改定前から高校で投資の授業を実施していました。
当時感じたのは、投資教育が高校生には全く浸透していないということです。「投資は怖い」「手を出さないほうがよい」と悲観的に考える学生が多くいた一方で、逆に投資を面白いと思い、チャレンジしたいと考える学生のなかには、「投資は金儲けの道具にすぎない」と非常に偏った意見が目立ちました。
人生全体のライフプランにおいて投資は避けて通れない要素に変化してきています。こうした状況において、高校の先生方も学生の投資教育に注力されていると思いますが、琴線に触れる機会の少ない高校生に対して適切な投資教育を実施するのは、なかなか難しい側面があると感じていました。
しかし、2022年度の学習指導要領の改定によって、生涯設計が投資教育の入り口として強力に打ち出し、その中で契約や経済についても理解する必要があると認識され、投資教育が重要なものとして位置づけられました。
これにより、高校生にとって投資教育が人生の長いスパンで考える1つの重要な要素として明確に位置付けられ、理解しやすくなったと思います。個人的には非常に良い方向に向かっている印象です。

 

ー ご指摘にもあったように、これまでの金融教育では、投資といえば「儲けの道具」というイメージが強かったと思います。なぜ日本の投資にそのようなイメージが強くついてしまったのでしょうか?教育現場での問題点を踏まえてご意見を伺えれば幸いです。

長瀬毅准教授:まず、外的な環境として、戦後の日本では銀行が非常に大きな力を持ち、企業の資金調達も基本的に銀行が担っていたという事情が挙げられます。また、個人が資金を運用する際にも銀行が身近にあり、銀行は比較的安定していて倒産リスクが低く、安心して資産を預けられる存在でした。
当時の日本は高い経済成長の下で資金需要が旺盛だったため、銀行から多額の融資を受けられる状況だったんです。そのため、一般の消費者としても「銀行に預ければ安心して運用してもらえる」という考え方が主流で、ほかの運用方法を考える必要性があまりなかったのかもしれません。

ー 続いての質問ですが、先生は流通経済大学の授業でどのようなことを教えているのでしょうか?学生さんの反応などもあわせてお聞かせください。

長瀬毅准教授:現在、私は「金融論」という科目を担当しています。この授業では、一般的な金融教育における基礎的な内容を取り扱っています。例えば、銀行に入行した際、1年目の社員が導入教育として学ぶ金融の基礎的な事柄などを、授業で教えています。
より実践的な内容は、ゼミで取り扱っています。私は1年ゼミから4年ゼミまで担当しています。ゼミでは十数人ほどの学生に対して個別教育を実施する場です。1年生のゼミでは、大学に慣れるために一般的なレポートの書き方や資料の探し方などを指導しています。2年生からは金融関係の内容に少し触れています。具体的にはファイナンシャルプランナー(FP)の資格取得を目指すことを学生に提案しています。単に暗記するのではなく、なぜその資格が必要なのか、制度や規則の趣旨は何かという理解を深めながら、学生に自らFPの自習用教材を作成させています。
それに加えて、金融の基本や税金、社会保障についても重要な部分をしっかり学んでもらうことをゼミ前半でやっています。学生にはチームを組ませ、架空の資金500万円でポートフォリオを組む練習を実施しています。将来的に成長が期待できる企業や産業について、自分なりにストーリーを持って調査する。そして、それをもとに500万円の投資先を考え、どの企業にいくら投資するのかをプレゼン形式で発表してもらっています。
さらに、日本証券業協会の方々を講師として招き、学生が作成したポートフォリオをプレゼンして意見をもらうという活動も2年生のゼミでやっています。

ー 学生さんの金融知識のベースは、どのような感じなのでしょうか?授業で投資の知識を学んだあと「つみたてNISA」を始めてみた、といったようなプラスの影響も出ているのでしょうか?

長瀬毅准教授:学生の金融知識のベースについては、実際に投資を行うまでには至っていません。学生たちは自分の裁量で大きな金額を動かせない状況なので、即実践という段階ではないと思います。
ただし、将来企業に入った際には、年金や保険などの制度を理解し、適切な判断を求められることが数多くあります。そのため、将来の場面に備えて制度について知識を持つことは重要だと教えています。実際「つみたてNISA」などの金融商品について初めて知った、興味を持った、という学生もかなりいますし、FPの資格に挑戦する学生も多くいます。

ー 続いての質問ですが、流通経済大学特有の金融教育に関する取り組みなどがあれば、お聞かせください。

長瀬毅准教授:大学特有の取り組みの1つとしては、付属校との提携を通じて、高校2年生の家庭科の授業を年間1~2回私が担当し、投資の授業を提供している点が挙げられます。これは「高大接続事業」という形で行われており、学生たちに金融リテラシーを勉強する機会を設ける目的があります。

ー 高大連携の授業では、高校生へどのような内容を教えているのでしょうか?

長瀬毅准教授:実は本学の付属高校では、基本的にアルバイトが禁止されているんです。そのため、高校生たちのお金に関する理解は乏しく、つみたてNISAや分散投資の話をしても、まるで実感のともなわない授業内容となってしまいます。
そこで、身近な例から金融教育を試みるようにしています。例えば、お母さんがお年玉を子供から取り上げて「これは将来のために預かっておくからね」と話すことがありますよね。一体なぜ母親がお金を取り上げる必要があるのか?こうした問いを学生へ投げかけます。
子供がお金を管理できず、つい誘惑に負けて使ってしまうことなどが理由に挙げられるのですが、そうした誘惑への弱さは、心理学と経済学を癒合させ投資における人間の心性を分析した学問である行動ファイナンスなどの学問領域で裏付けられています。そこで、人間がいかに目の前の誘惑に弱いのかを説明し、テスト形式で質問を出して、実際に誘惑に弱いことを示してみせます。
要するに、金融知識そのものよりも、お金と正しく向き合うためのベースとなる考え方の育成。そこを重視しているのが本大学の特徴です。投資はたしかに不確実なものではありますが、ギャンブルなどとは異なり、社会全体のお金を増やすために行われるものです。そのためには社会でのお金の動きを理解し、成長力のある企業を見極める必要がある、といった全般的な話を授業ではしています。

ー 大学生のうちに身につけるべき金融リテラシーとしては、具体的にどのようなものがありますか?

長瀬毅准教授:個人的には3つあると考えています。1つ目は、社会生活で必要となる「経済の仕組みに関する知識」です。例えば、日本の金融制度や社会保障制度、財政の仕組みや税金の使われ方といったような、経済についての一般的な教養です。
それに加えて、企業会計に関する知識も重要といえます。企業の利益がどのように発生し、その利益の分配や課税について理解するためにも、会計関係の知識が必要です。また、これらに関連する法律知識も欠かせません。経済、会計、法律の3つの知識をしっかり学ぶことを推奨しています。
2つ目は、現在の制度の趣旨を理解し、その知見を投資実践や人生設計につなげていくために必要な知識です。具体的には、経済全体のお金の循環や問題点など、広範囲にわたる経済学の知識を学んでもらいます。金融論の勉強を通じて、「なぜ経済の仕組みがそうなっているのか」「お金がどのように動いているのか」といった点を理解することが重要です。
3つ目は金融投資です。ただし、大事な点ではあるのですが、それよりもまず「自分への投資」が大切だということを伝えています。資格取得やアルバイト経験、さまざまな活動や学び、旅行や異文化交流の体験といった人的資産への投資が重要です。金融資産投資は社会人となって所得を得るようになってからやればよいので、まずは長期的な視点で自分のポートフォリオを構築するために、学生の間にしかできない人的資産投資を大切にすることを伝えています。

ー おっしゃる通りだと思います。大学生のうちに動いておかないと、社会人になって一気に身動きが取れなくなることもありますよね。

長瀬毅准教授:「社会人になると旅行に行きづらくなるから、今のうちに行ったほうがいい」という話はよくしていますね。

ー ありがとうございます。大学での金融教育において、「ここが欠けているな」「課題だな」と感じている部分などはございますか?

長瀬毅准教授:やはり高校まで全くと言っていいほど金融に触れていないのに、いきなり大学で金融教育を行うのは難しい側面があります。大学生だと、まだお金に対してリアリティを持って考えるのが難しいため、実践的な感覚を持って金融に接することが非常に難しい状況です。
個人的には、高校より前の段階から、日常的にお金に関する意識を養う機会を設けることが大切だと思っています。そうした形の一貫した教育体制があることを望んでいます。

ー 最後に、金融教育をこれから学んでいく学生や、現在学んでいる大学生に向けてメッセージをお願いします。

長瀬毅准教授:「金融」と聞くと身近ではない別世界の話だと考える人と、「お金を儲けるためにガンガンいこう」という両極端な考えを持つ人に分かれがちです。しかし、我々の生活の中で経済の「血液」が止まってしまうと、経済社会は機能停止してしまいます。だからこそ、金融は非常に大事なものなんです。単なる金儲けではなく、社会をより良くしようと考えている企業に対して、どのように我々のお金を投じていくのか。また、そうしたアクションを増やすためにどのような取り組みが必要なのか、その意義を考えていただければと思います。 金融は単なるお金の話ではなく、社会に対する貢献の1つとして捉え、学んでいただけると嬉しいですね。

ー 素晴らしいメッセージをありがとうございます。たしかに、お金は社会の血液ですよね。

長瀬毅准教授:そうですね。血液なので、止まるとまずいんです。ただ、ときに「身体の中を循環する血液が自分のところばかりに来たらいいな」といった思考に陥ることがありますよね。
お金儲けを考える人は、自分のところにだけ血が来ればいいと思っている方もいますし、一方で「血は怖いから見たくない」という考えを持つ人もいます。しかし、今この瞬間も自分の身体(=我々の経済社会)に血液(=お金)は巡っているので、「ちゃんと回さないといけない」「心臓が動いているから血液は流れているんだ」といった実感を持ちつつ、金融を勉強してもらえるといいなと考えています。