特集『Hidden Unicorn~隠れユニコーン企業の野望~』では、新しい資本主義の担い手であるベンチャー企業のトップにインタビューを実施している。経営者は、何を思い描き事業を運営し、どこにビジネスチャンスを見出しているのだろうか。本稿では、これまでの変遷を踏まえたうえで、経営戦略についてさまざまな角度からメスを入れていく。

株式会社キャンサースキャンは「人と社会を健康に」のミッションのもと、ヘルスビッグデータを活用した予防医療・保健事業分野のサービスを提供している企業だ。今回は、株式会社キャンサースキャン代表取締役社長の福吉潤氏に今日までの変遷や事業概要、将来の展望などについてうかがった。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

福吉 潤(ふくよし じゅん) ――株式会社キャンサースキャン 代表取締役社長
1974年生まれ。愛知県名古屋市出身。1999年3月に慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、同年4月にP&G Japanに入社。マーケティング本部に配属されブランドマネージャーとしてマーケティングやブランドマネジメントを担当する。2006年8月には、私費留学でハーバード大学経営大学院に進学しMBAを取得。

同大学研究員として従事したのち、2008年11月に株式会社キャンサースキャンを創業し代表取締役社長に就任。2021年には、慶應義塾大学大学院医学部で博士号(医学)を取得し現在に至る。

【兼務している主な役職】
・慶應義塾大学大学院:健康マネジメント研究科 非常勤講師
・厚生労働省:がん対策企業アクション アドバイザリーボードメンバー
・国立がん研究センター:外来研究員
株式会社キャンサースキャン
AI・データサイエンスやマーケティングといった最先端技術のヘルスビッグデータを活用した予防医療や保険事業分野のサービスを提供する企業。2008年11月にハーバード大学の社会貢献基金の支援を受けて創業した。2009年3月から国立がん研究センターと共同で東京都杉並区や立川市などで乳がん検診受診率向上事業に取り組み全国へ事業展開。

2018年4月には、特定健診受診率向上事業の全国シェアが10%を突破。2021年度における予防医療事業を支援した全国の自治体の数は、1,716自治体中684(約40%)を達成。ヘルスデータの分析をした年間人数は約979万人、そのうち予防医療の行動変容を支援した年間人数は約601万人にのぼる。

目次

  1. 「マーケティングを社会に役立てたい」との思いから起業
  2. 健診受診率向上事業を核にビジネスを拡大
  3. 後期高齢者向けの事業も伸ばしさらなる成長を目指す

「マーケティングを社会に役立てたい」との思いから起業

―― 株式会社キャンサースキャンの創業の経緯や今日までの事業展開についてお聞かせください。

キャンサースキャン代表取締役社長・福吉潤氏(以下、社名・氏名略):弊社は、2008年11月に立ち上げた会社です。私自身は、大学を卒業後、2006年までP&Gでマーケティング業務に携わり、主に洗剤を担当していました。訴求方法で他の商品と差別化する仕事をおもしろいと感じつつ、見せ方を変えてシェアを上げる努力をする日々に対して「本質的に世の中に貢献できているのか?」と疑問を持つようになっていきます。

「もっと広めないといけない」「知る必要があるにも関わらず、うまく伝わっていないことが絶対にある」と思いたち、会社を辞めハーバードビジネススクールに2年間留学しました。そこで出会ったのが予防医療です。日本人は、がんが原因で亡くなる方がとても多いです。その理由は、がん検診を受けないから。もっと世間に広まると早期発見・治療につながり死亡者数が減ることを知りました。

そこでマーケティングの得意な人間が予防医療の核となるがん検診の見せ方、訴求方法を変えることで受診率を上げられると気がつき、当時留学先で知り合った予防医療の研究者、石川善樹(現:取締役)と、P&G Japanの後輩である米倉(現:取締役副社長)と一緒に創業しようと決意。帰国後に医学が見つけた課題をマーケティングで解決することを目的に弊社を立ち上げたのです。

健診受診率向上事業を核にビジネスを拡大

2009年3月には、会社初の事業として国立がん研究センターと共同で東京都杉並区の乳がん検診受診率向上事業に取り組みました。本事業では、「どうしたら世の中の人ががん検診を受けたい気持ちになったり、受けたりする行動を起こすのか」といった行動変容・行動科学の研究をしています。検診案内がきちんとデザインされたり、マーケティングされたりするだけで受診率が130倍になる、という結果を得ることもできました。

その後、自治体が実施する特定健診(生活習慣病の予防のために、メタボリックシンドロームに着目した健診)の向けの受診率向上事業へ参入しています。自治体の活動にマーケティングの観点を取り入れ、情報をうまく伝達できれば、受診率の向上につながり、それが人々の健康につながると分かりました。また、多くの自治体は低い受診率に悩みを抱えており、ビジネスとしての可能性も実感しました。

弊社の取り組みは、成果を上げると共に多くの自治体に受け入れられ、特定健診受診率向上事業は全国で約700自治体に導入されて、弊社の中核事業になっております。

▼キャンサースキャンの特定健診受診率向上事業

(画像提供=株式会社キャンサースキャン)

―― 御社が手がけている生活習慣病重症化予防事業や後期高齢者向け予防医療事業などについてお聞かせください。

「人と社会を健康に」のミッションのもと地域における健康課題を見たとき「まずは健診を受けてリスクが見つかることが解決策につながる」と思っていましたが、実際はそうでありませんでした。受診者のうち約4割の方は、病院で診るべきリスクが見つかるものの、医療にかかる割合は50%しかなかったのです。

病気が見つかった人を治療につなぎ、重症化を予防しないと結果的に人と社会は健康になりません。そのため健診受診を促すサービスだけではなく早期治療開始を促すサービスも必要と考え、生活習慣病重症化予防事業を始めました。

例えばコロナ禍では、外出自粛による健康診断の受診控えや持病の治療中断が危惧されましたが、住民の健診結果データやレセプトデータを解析することで生活習慣病の未治療者・治療中断者を抽出・分類し、ソーシャルマーケティング手法に基づいた医療機関の受診を促すメッセージを開発し、治療に足を運んでもらえるように、という形で人々を行動変容へ導く取り組みを行っています。

後期高齢者向け予防医療事業は、75歳以上の後期高齢者に対するサービスです。先に挙げた特定健診受診勧奨事業、生活習慣病重症化予防事業という2つのサービスは、国保(国民健康保険)加入者が対象ですが、日本では75歳を迎えると全員が後期高齢者医療制度に保険が切り替わります。2025年問題という言葉がありますが、約800万人いる団塊の世代の国保加入者が後期高齢者となり、国民の4人に1人が後期高齢者になる、という時代に移っている状況です。

「人生100年時代」といわれていますが、75歳になっても元気な方はたくさんおり、後期高齢者となっても健康でいていただかないと社会保障費が膨らみ困ってしまいます。国も高齢者の健康づくりに大きな舵を切っていて、弊社としても積極的に協力したいという考えで参入しています。

ビジネス的な観点でも取り組む意味はあります。日本には、約1,700自治体がありますが、健診受診率向上事業は、かなりのシェアを占めるようになっていますが、一方で後期高齢者は、厚生労働省の中でも課が異なり、別な予算が組まれているために異なるマーケットとして捉えることが可能です。そういった点でも積極的に支援先を増やしたいと考えています。

他にも弊社が培ってきた行動変容のノウハウを活かし、大学や国立研究開発法人など研究機関の調査研究や介入研究をサポートする「調査研究事業」。ヘルスビッグデータを用いた疫学的な手法で地域診断を行い、健康寿命延伸や医療費適正化の観点から取り組むべき健康課題を明確にする「医療費分析事業」。自治体と弊社が持つ行動変容のノウハウや民間の健康関連企業とのコラボレーションにより実現する健康のオープンイノベーションを通じて予防医療や疾患の早期発見・早期治療の普及を目指す「コンソーシアム型疾病啓発事業」も行っています。

例えば医療費分析ですが、国民健康保険加入者が医療にかかると病院から自治体にレセプトデータ(診療報酬明細書)が上がり、「何歳のどの方がどこでどういった医療を受けたか」について把握が可能です。

一方で自治体は、その人の健診データも別に持っているので、健診時に血糖値や血圧が高い人は5年後に糖尿病で医療にかかる傾向が高いなどの分析ができ「対策を打ちましょう」といった施策につながります。医療費の分析を通じた自治体へのコンサルなどに活かすのが、この事業です。

コンソーシアム型疾病啓発事業では、例えば製薬会社と自治体が提携して健康増進事業をするなどの取り組みがあります。例えば高齢になると骨が弱り、骨折を機に要介護者になるというケースがあり、自治体にとっては無視できない課題の一つです。介護予防のための骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の予防・治療を促すことは大切であり、片や製薬会社にとっては治療が増えると利益につながります。

ならば、両社が一緒に事業を展開するのが望ましいと考えました。2020年からは、骨粗鬆症の治療薬を扱う米アムジェン社と大阪市役所、小樽市役所などと一緒に協定を結び事業を展開しているところです。

▼キャンサースキャンの事業ドメイン

(画像提供=株式会社キャンサースキャン)

―― 非常に特徴的なビジネスですが、競合はいるのでしょうか。

自治体事業の原資は、住民による税金となり使途の説明責任が伴うからこそ実績が問われます。大手企業であっても同様で参入は容易でありません。弊社も1つ1つの自治体との取り組みで地道に受診率の向上に向けて取り組み、結果が出てきた中で、100自治体との契約を超えたあたりで実績があると認められ、倍々で増えていった経緯があります。企業規模にもよりますが、どの企業でも新規事業は早期に結果を出すことが求められるために、この壁を越えられず撤退するようで結果的に競合はほとんどいません。

ちなみに弊社は、厚生労働省から依頼を受けて自治体向けに「受診率向上施策ハンドブック」を作っています。ノウハウが、外部に出ることになりますが社会にとって非常に大事なことであり「弊社と契約があるから受診率は上がり、そうでないと下がる」という状況も良いとは思いませんでした。

そのため、あえて広く情報を提供する決断を下しました。ただし結果的には「厚生労働省が頼る事業者」ということが弊社のプロモーションになりブランディングにも貢献しています。当初は、草の根営業でしたが、近年は隣の自治体が採用しているとの理由で問い合わせいただくことが増えました。

受診率向上施策ハンドブック(第3版)を監修 

(画像提供=株式会社キャンサースキャン)

後期高齢者向けの事業も伸ばしさらなる成長を目指す

―― さらなる成長を実現するために、今後の目標や5年後、10年後に目指すべき姿をお聞かせください。

当初は「特定健診を受ける人が増えれば人と社会は健康になる」と思い、全国の自治体に特定検診受診率向上事業を広めてきましたが、それだけで人は健康にならないことに気がつき重症化予防事業も加わりました。これにより同じ自治体に2つの事業が展開できます。
ただし自治体の数には限りがあり、団塊の世代が後期高齢者に流れて予算がつくようになるなか、次は後期高齢者の受診率向上、重症化予防と、これまでと同じことをしないといけません。そうなると国保と後期高齢者のそれぞれにおいて受診率向上と重症化予防という計4つのテーマがあり、成果の出る活動を広めていくことが目標ですし、これを進めているとあっという間に5年は経つと思います。

将来的なビジネス規模は、今の3~4倍になると予測しています。また今の自治体向けの事業は、幸いなことに成長基調で伸びているので、利益を再投資して新たな柱となる新規事業を探索することにも取り組んでいるところです。

―― 今後の目標に向けて何か課題はありますか?

事業が拡大するなか、コロナ前で約80名だった社員数は直近で200名を超えていますが、まだまだ多くの仲間が必要です。ミッションドリブンの会社なのでスキルがあれば誰でも良いのではなく、理念に共感する方に来てほしいと思っています。組織と事業の成長は一体なので、そこをいかに進めることが現状の課題です。

―― 話題は少し変わりますが、最近のニュースなどで気になるトピックはありますか?

当然のことながらDXの流れについてです。自治体のデジタル化は遅れているので、今後のDXがもたらす変化は気になります。

―― 最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします。

弊社は、ソーシャル&プロフィット(社会貢献とビジネスの両立)という考えをコアバリューとして掲げています。留学先のビジネススクールで最初に聞いた言葉がまさにこれでした。世の中では「社会貢献とビジネスの成功はトレードオフの関係にある」といわれていますが、そうではなく「ビジネススキルが高いと可能」という内容で実践したいと思い今日までやってきました。

投資家や投資に関心がある方々に対して、社会的意義のある事業だから成長率が低いのではなく、社会に求められているからこそ成長し、企業価値も上がっていく姿をお見せしたいと思っています。弊社の今後にぜひご期待ください。