阿部 圭司(あべ けいじ)教授
高崎経済大学経済学部、経営学科、教授。1992年新潟大学経済学部卒業後、早稲田大学商学研究科へ進学し、修士(商学)を取得。その後、早稲田大学メディアネットワークセンターの助手を経て、1997年に高崎経済大学経済学部の専任講師となる。2001年には同大学の助教授に昇任し、2010年からは現職の教授を務めている。
ー まずは、阿部先生のご経歴についてお伺いしたいと思います。
阿部教授
私は早稲田大学大学院商学研究科の博士後期課程を修了後、高崎経済大学で教鞭をとっています。1997年から教えているので、今年で27年目となります。
担当講義は、「企業財務論」や「証券論」といった金融関係の講義です。研究のほうでは、証券市場分析を中心に進めており、特に経営者やアナリストの利益予測に対するマーケットの反応や、IPOの価格形成などを調査してきました。
最近では、金融リテラシーの研究にも取り組んでいます。
ー ありがとうございます。続いて質問に移りたいと思います。最近では学習指導要領の改定により、金融教育が高校の授業に組み込まれました。この政策に関する阿部先生の率直なご感想をお聞かせください。
阿部教授
金融教育は、やらないよりはやったほうが良いと思っています。少し気になるのは、「金融教育」の充実を目指すあまり、投資に関する話が多く生活に即した内容が少ない点です。中学生が職場体験としてスーパーや書店で働く機会があります。これと同じように、高校の授業でも実体験を通じた教育が行われることを望んでいます。
金融教育を実施するにあたり、優先すべきは「働くこと」「生活すること」に関する教育だと思っています。いきなりクレジットカードや資産運用の話から入っても、唐突すぎますし、興味を引く生徒も少ないのではないでしょうか。
投資は人生において必須事項ではありません。そのため、金融教育では人生設計やお金の使い方に関する教育がより重視されるべきだと考えています。
ー たしかに、いきなり投資と言われても、高校生にとっては唐突な話ですよね。
一方で、投資未経験の先生方も多いと思います。そうした状況下で金融教育を進めることは、困難かもしれません。
阿部教授
投資に対してネガティブな印象を持つ教師が教えるのは、望ましくありません。教師が持つ投資へのネガティブな印象が生徒へ伝わると、生徒も投資に対して消極的になってしまう可能性があります。
一方で、投資に熱心すぎる教師が指導するのも問題です(笑)。投資を奨励し、勧誘するような教師だと、偏った金融教育となってしまいますよね。
ー たしかに、投資教育においては適度なバランスが必要になりそうです。
教師が投資に対してネガティブな感情を抱いているのは、何が原因なのでしょうか?
阿部教授
家庭でお金の話をせずに育った人が多いのだと思います。働きながら余剰資金を運用するという発想が受け入れられず、お金儲けを否定的に捉えてしまう傾向があるのではないでしょうか。
日本では「正々堂々と働くことこそが正しい」という価値観が根強いのかもしれません。私たち経済学部で学んできた人間からすると、そのような考え方には違和感があります。しかし、金融や経済について触れる機会のない環境で育ち、教職を目指した人々の中には、投資に否定的な人も多いと感じます。
ー 日本の教育が抱える課題が、そうしたところで表面化しているのでしょうか?
阿部教授
教育というより、家庭の問題だと思います。昭和の時代を例にとると、終身雇用や年金制度が充実していたので、お金について悩む人はそれほど多くいませんでした。問題意識を持たない親が、お金の話をわざわざ子供に話しませんよね。
そして今、少子高齢化の深刻化や終身雇用の崩壊といった環境の中で、お金に関する考え方を変えることが求められています。しかし、考え方をすぐに変えるのは困難です。もう1世代ぐらいサイクルが回らないと、金融教育が重要であるという認識が日本全体に定着しないかもしれません。
それでも今のような状況が続いていけば、次第に金融教育の重要性に気づく人たちが増えてくると思います。私はこの点については楽観的に考えています。
ー なるほど。今の日本では金利が低下し、給料の上昇も期待できない不景気な状況なので、個人の資産運用に対する認識も徐々に変わっていくのかもしれませんね。
次の質問へ移ります。阿部先生の講義では、何を教えているのでしょうか?学生の反応なども含めてお伺いしたいと思います。
阿部教授
実は、私は金融リテラシーの講義をしていません。大学でファイナンシャルリテラシーの講義を開くことになり、その担当者を探す過程で金融リテラシーの分野に深く関わることになりました。そのことがきっかけで教科書を書いたり、研究を進めたりするようになったというわけです。
私が直接担当している講義では、「証券論」や「財務論」といったテーマを扱っています。学生の反応はさまざまですが、「投資はギャンブルだと思っていたが、少し考えが変わった」などの肯定的な反応や,「FXや仮想通貨には興味がある」といった前のめりな学生もいれば,逆に受講してもなお否定的な反応もあります。
ー 金融リテラシーには多くの人々が関心を持っていると思っていましたが、否定的な反応もあるんですね。
阿部教授
そうですね。一部の人たちは「楽して稼ぐのはどうなのか」と考えるのかもしれません。年配の方だけでなく、若者の中にも「普通に労働することが正しい」という認識を持つ人も一定数いると思います。
ー なるほど。稼いだお金をリスクがともなう投資に使うことに対して、一部の人は疑問を抱くのかもしれませんね。それは、投資をギャンブルとみなしているからなんでしょうか?
阿部教授
そのとおりですね。たしかに投資にはギャンブル性も含まれています。その要素が強く認識されているのだと思います。
ー 投資とギャンブルが別物であるという理解を深めるためにも、金融リテラシー教育の推進が必要だと感じます。
阿部教授
投資にギャンブル性が含まれている点は、否定できません。特に、一部の取引行為はギャンブルに限りなく近いとさえ思えます。しかし、投資が持つ経済的かつ社会的な意義については、教育を通じて理解を深めていただきたいと思っています。
ー ありがとうございます。次にお伺いしたいのは、大学生、あるいは社会人になる前に身につけておきたい金融リテラシーについてです。阿部先生が考える重要な要素は何でしょうか?
阿部教授
私の考える金融教育の重要な要素は、3つあります。まず1つ目は、ライフプランを考えることです。特に大学生や新社会人には、就職やキャリアの視点から自身の人生設計を考えてもらいたいと思います。
2つ目は、リスクとリターンの関係を理解することです。投資には必ずリスクをともないます。無リスクで利益が出ることはありません。詐欺に巻き込まれることなく、賢く投資できるようになるためにも、リスクとリターンの関係を理解することが重要です。
そして最後の3つ目が、投資とギャンブルを区別することです。投資はギャンブル性を含むものですが、それが全てではありません。これらの基礎知識を押さえておけば、あとから必要に応じて高度な知識を身につけられると思います。
ー 非常に理解しやすいお話をありがとうございます。次の質問に移ります。大学における金融教育の課題について、先生の考えをお聞かせください。
阿部教授
大学は義務教育ではないため、すべての学生に金融教育が提供されるわけではありません。これは特に経済学部以外の学生にとって、大きな問題といえるでしょう。大学全体で金融リテラシーの指導を進めていくことは、現状難しいのかもしれません。
一案として、大学の就職支援活動を通じた金融教育が考えられます。本学では、就職支援活動の一環として、金融リテラシーセミナーを開催することがあります。どの大学においても導入しやすい金融教育であるため、非常に有効だと思います。もちろん学生全員がセミナーを受講するとは限りませんが、学部に関係なく多くの学生が金融リテラシーに触れられる機会となるでしょう。
外部講師を招くことも可能なので、御社のような活動を広げる良い機会にもなると思います。
ー そうですね、企業側として何かお手伝いできることがあれば嬉しいです。
次の質問に移ります。高崎経済大学の学生を対象に金融リテラシー調査を実施されたと伺ったのですが、具体的にどのような調査だったのでしょうか?
阿部教授
全国的な金融リテラシーの調査からいくつか質問内容をピックアップし、それを本学の学生に回答してもらいました。それらの質問の回答水準と学生のバックグラウンドとの関係などを分析しています。
ー 調査結果はどうでしたか?「高崎経済大学」という名前が示すように、全国水準より高そうな印象があります。
阿部教授
公開されている研究結果は、主に本学の学生を対象にしたものなので、直接的な比較は難しいですね。ただ、去年全国調査を実施し、学部ごとの水準も調査しています。その結果、経済学部生の金融リテラシーは他学部の学生と比較して高い傾向にありました。やはり、そもそも金融に関心のある人が経済学部に行くのでしょう。
また、別の発見として、理系の学生のスコアも高水準でした。おそらく、複利計算や分散投資など、数学的思考が必要とされる設問に対して理系の学生が優れていたのでしょう。
数字に強いか弱いかは、金融リテラシーの水準を決定する重要な要素と言われています。数字に嫌悪感を抱いている人は、お金の話も苦手な可能性があることがわかりました。
ー それはたしかに考えられますね。家計の計算は、基本的に足し算や引き算といった簡単なものですが、それすら苦手意識があると、なかなか投資には手を出しにくいかもしれません。
阿部教授
少しセンシティブな話になるかもしれませんが、男女間でも金融リテラシーの水準には差があるようです。すべての調査結果ではありませんが、男性のほうが全体的に高いスコアになる,という報告が多く出ています。これも背景には数学の好き嫌いが関係しているように思えます。
ー それは意外な結果ですね。一般的には女性が家計管理をするイメージがあるので。
阿部教授
細かく質問内容を見ていくと、人生の三大費用や金融トラブルへの対応など、数字が必要とされない領域については女性も男性も同程度の正答率を示しています。
しかし、複利計算やローンの話など、数字を使う場面になると男女間で差が出てきます。これはステレオタイプな言い方ではありますが、女性のほうが数学を苦手とする傾向があるのかもしれません。
ー なるほど。では、金融の話を女性にわかりやすく伝えるアプローチも必要かもしれませんね。
阿部教授
女性の金融リテラシー水準に関しては、女性の社会進出も関連していると思われます。ただし、今は学生の金融リテラシーに関する話題でしたので、数学嫌いを中心にお話しました。実は、小学生の頃までは算数の得手不得手に性差はない、という研究結果があります。また、女性が理系の進学を選ぶ際に、家庭環境も影響しているという調査結果もあります。女性が理系に進学しようとしても、家族から反対されることも珍しくありません。となれば、これは数学というよりも、わが国のジェンダー平等の問題が金融リテラシーに影響している可能性もあります。
ー ありがとうございます。最後に、これから金融を学ぼうと考えている人へのメッセージをお願いします。
阿部教授
まず「金融について学びたい」と思っているだけで、すでに1つハードルを超えていると思います。そうした学習意欲を持っている人は、書籍やインターネット上に数多くの資料が存在しているため、学びのチャンスがたくさんあります。
その中から、どれを選ぶか判断するのは大変かもしれません。しかし、学ぼうとする意識を持っている時点で一歩前進していると考え、どんどん勉強していってほしいと思います。
私個人としては、「金融について学ぼう」と思う人たちをどのように増やしていけるのかが、今後の金融教育の普及において重要なポイントだと思っています。どのようなアプローチが学習意欲を引き出せるのか、それが私の関心事です。
ー 素敵なメッセージだと思います。本日はありがとうございました。