阿部一晴(あべ いっせい) 教授
1984年にNECソフトウェア関西(現:NECソリューションイノベータ(株))入社後、 海外向け量販製品の販売促進、パッケージ開発、流通・サービス業向け個別システム開発等を担当。
NEC Systems Laboratory、Inc.(米国カリフォルニア州)駐在後、インターネット関連ビジネスの拡販・コンサルティングマネージャーを経て2001年3月退職。 2001年4月より京都光華女子大学にて教鞭をとる。企業経験を活かしたより実践的なアプローチで教育・研究活動を行っており、関連企業との共同研究等にも積極的に参画している。
日本の金融教育は一歩踏み出したばかり
ーまずは先生のご経歴について伺ってもよろしいでしょうか?阿部一晴教授
私は根っからの大学教員ではなく、以前は民間企業で情報システム開発や関連のコンサルタントをしていました。その後転職し、現在の大学に移りました。
専門は経営情報で、当初はメディア情報専攻で情報系を中心に教えていました。現在は、キャリア形成学部で経済・経営等の社会科学系も教えるようになりました。金融ビジネスという授業も担当しています。
ー金融ビジネスの授業を担当されているのですね。高校生まで金融教育が義務化されたお話は、すでにご存知でしょうか?阿部一晴教授
金融教育が国家戦略の一部となってきている話ですね。
阿部一晴教授
確かにこれまで日本では遅れていたことなので、良い取り組みだとは思いますが、少し唐突な感じがします。
そもそも金融教育が全体の戦略の中でどのような意味を持っているか、まだはっきりと見えてこないというのが率直な感想です。
ーどのような点に問題を感じたのでしょうか?阿部一晴教授
岸田総理の発言をきっかけに、国家所得倍増や「貯蓄から投資へ」の議論が始まったと思います。しかし、私には「自分の財産は自分で増やしてください」と、国が国民に責任を押しつけているだけのように感じます。
金融は社会や経済にとって血液のようなものです。お金が健全に回らないと、社会全体の健康が損なわれます。ところが、現状では投資にばかり焦点が当てられ、全体像が見えにくいように感じます。そうではなく、国民一人ひとりが社会や経済の全体像に関する知識を持つことが大切です。
アメリカでは、2000年代頃からは金融教育の普及が国家戦略として進められており、子供の頃からお金について学ぶことが一般化しました。アメリカが20年間にわたり進めてきたことを、日本が短期間ですぐに意味のあるものとして実現するのは難しいのではないかと思います。
大学生の金融リテラシーと「くらしの中の経済学」
ー金融リテラシーに関して、大学生の現状はいかがでしょうか?阿部一晴教授
多くの学生が、金融リテラシーが不足している状態で入学してくると感じています。現在は高校の先生や親のアドバイスに従って奨学金を借りている学生も多いのですが、卒業して社会人になって初めて、自分が借金を抱えていることに気づく学生もいます。これは金融リテラシーが十分ではないことの一つの例ではないかと考えます。
阿部一晴教授
私が担当する「金融ビジネス」という科目では、主に金融業界のビジネスモデルを教えています。本学でも金融業界への就職を希望する学生も多いのですが、そもそもしっかりとビジネスモデルを理解していない学生もいます。そこで、まず銀行、信用金庫、保険会社、証券会社、クレジット業界などのビジネスモデルを詳しく教えています。さらに、金融が企業の資金調達や家計の資産形成にどのように関わるのか、どのように金融が資金循環という形で社会全体にどう寄与しているか等について取り上げます。
また、日本や他国の金融政策や財政政策、中央銀行の役割といった内容も取り扱っています。日本銀行の総裁が交代する事象が何を意味するのか、といった話もしています。
この科目は名前こそ「金融ビジネス」ですが、金融論や財政論の基本的な内容を深く掘り下げている授業です。
ほかには、「くらしのなかの経済学」という科目も担当しています。この科目は、大学のカリキュラムにおける「リベラルアーツ」、つまり一般教養の科目です。
この授業では、経済学という名前がついていますが、ディシプリンにとらわれない比較的柔軟度の高い内容を割と自由に教えています。1年生が対象なので、まず社会の成り立ちや資金循環といったようなことを、学生の周りにあるお金や経済にまつわる話から幅広く取り扱っています。奨学金は、そもそも借金であることなどもここで話しています。
ー「くらしのなかの経済学」という授業では、お金に関する幅広い内容を教えているのですね。阿部一晴教授
「金融ビジネス」は、いわゆる金融論や財政論に近く、教える内容がある程度固まっている授業です。一方「くらしのなかの経済学」は、日常生活と経済が実は密接に関わっていることを示す授業としています。
たとえば、コンビニでおにぎりを買うという単純な行為自体が、経済活動に該当するという話から始めます。最終的には、お金は天下の回り物だということ、銀行の存在理由、奨学金を借りることの意味といった話まで展開します。
ーとても面白そうな授業ですね。
阿部一晴教授
学生たちはとても楽しんでいる様子です。この授業は、私ならではのものだと思っています。
私は金融や経済の専門家ではありませんが、企業で20年近く勤務してきた経験があります。そのため、実際に自分自身も経験した社会の中での生々しいお金にまつわる内容を、学生にリアルで届けられると自負しており、それが私の様な企業経験を有する大学教員の使命の一つと考えています。
そういったことが学生にも伝わっている様子で、興味深く話に耳を傾けてくれています。
ー私の大学でも、経済学は教養科目として受講できました。ただし、それは主に知識の学習にとどまり、実生活への応用には至りませんでした。阿部一晴教授
本学では、少し前に一般教養の見直しが必要という議論が学内で起こりました。その検討や実現を通じて、専門の学問を学生の日常生活と結びつけることに重きを置くことを考えました。そういった意味を込めて従来の「経済学」や「統計学」といった科目を、「くらしのなかの経済学」や「くらしのなかの統計学」という新たな名称に変更し位置づけを明確にしました。
阿部一晴教授
金融リテラシー教育は、適切な投資を行い、自分の財産を守っていくことなどを考えられる様になることもその大切な目標の一つだと考えています。そのため、クレジットカードや割賦販売、NISAやiDeCoについては取り扱いますが、先物取引やFXなど意図的に触れないようにしているものもあります。
株については、「ビジネスマネジメント原論」という別の科目で学生にバーチャル株式取引を体験させています。ただし、こちらも目的は株式投資のテクニックを学ぶことではなく、株価の変動の背景となっている現実の経済、社会、会社の動きや、業種・業界や個々の企業についての理解を深めることとしています。
ー阿部先生が大学における金融教育の課題と感じる点は何でしょうか?阿部一晴教授
現在の大学では、以前に比べ専門的なカリキュラム重視となっていて、自らの専門ではない文化や社会などに関わる幅広い学び、いわゆる「教養」を学ぶ余地が少なくなっています。本学でも、私が所属するキャリア形成学部以外では、看護師、管理栄養士、言語聴覚士、社会福祉士などの国家資格や教員免許取得に向けた学習がカリキュラムの大半を占めており、それ以外のことを学ぶ余裕があまり無いように見受けられます。
これは、将来の職業を高校卒業の段階で決めてから入学する学生が増えており、大学のカリキュラムもそのニーズに合わせ、しかも国家試験等にしっかりと合格させることが求められているからと考えます。一方、キャリア形成学部の学生たちは、入学時点はまだしっかりと将来の目標が定められておらず、社会について何も知らない状態で入学してくることも多く、他の学部とはある意味対照的であると言えます。
いずれの学部の学生たちにも、社会人として最低限の能力・素養・教養(リテラシー)を身につけて卒業していってほしいと思っています。そのため、たとえば「くらしのなかの経済学」を通じて、一人前の社会人となるために何をどのように学ぶべきか考え、自分自身の生き方を見つけてもらおうと試みています。それがこの授業の目的であり、裏を返せば大学が抱える課題のひとつでもあり、金融教育もここに含まれると思います。
ー最後に、金融教育を学んでいる学生や、これから学ぼうとしている学生へ向けたメッセージをお願いします。阿部一晴教授
社会が健康であるためには、血液にあたるお金が健全に流れることが重要です。これは医学における健康維持と同じで、たとえば外科や内科などの西洋医学に対し、金融は東洋医学や漢方薬に近いと考えています。
漢方薬は一度に大きな効果が出るものではありませんが、長く続けることで健康維持や長寿に寄与します。金融も同様で、一度に大きな問題を解決するものではありませんが、深く学び続けることで、自分自身や社会の健康に繋がっていくものだと思います。
ー素敵なメッセージだと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。