現パナソニック(株)グループでキャリアをスタート。通信プロトコルの開発に従事し、数々の国際会議で特許や研究内容を発表。その後渡米し、シリコンバレーのIT企業にてソフトウェア開発や事業開拓を経験。モトローラ社や、Qualcomm本社にて海外事業開拓に貢献。2009年帰国し、富士ソフト(株)に入社。常務執行役員 国際事業部長等を歴任後、2018年よりサイバネットシステム(株)代表取締役副社長執行役員、2019年より代表取締役社長執行役員。(株)タカラトミー社外取締役(現任)。ライオン(株)社外取締役(現任)。
創業からこれまでの事業変遷について
ーー安江様、まずはサイバネットシステムの起業から現在までの事業変遷について教えていただけますか?
サイバネットシステム株式会社・安江 令子氏(以下、社名・氏名略): 当社の起源は、スーパーコンピューターのパイオニアである米国Control Data Corp.の東京支店で、日本CDCはスーパーコンピューターの時間貸しビジネスを、サイバネットビジネスとして実施していました。科学技術計算ソフトウェアも多く取り扱い、原子力関係の解析ソフトウェアや構造解析ソフトウェア、電子・電気回路解析ソフトウェアを中心に多くの技術者を擁し、ビジネスを拡大してきました。そして1985年に独立し、当社を設立しました。
創業以来、コンピューターの成長やCAE市場の成長とともに事業を拡大して2001年にIPOを果たした後、2004年には東証第一部に上場しました。2008年にMathworks社製品の販売代理店権を喪失したことで売上を大きく落としましたが、それを機にソフトウェアの自社開発を本格的に進めることを決め、2009年と2010年に米国、カナダ、ベルギーのソフトウェアベンダーを買収しました。その後も、中国や台湾などにCAE製品リセラーやサービスを展開する子会社を設立するなど、事業の立て直しを行いました。
ーー安江様が御社の経営に加わられた頃の状況はいかがでしたか?
私が代表取締役に就任した2018年当時は、売上高は回復していたものの、販売代理店事業への依存が強く、特に日本では利益面も代理店事業に過度に依存していました。
ーーそこからどのような取り組みを行ったのでしょうか。
販売代理店事業は長期的に見ると商権逸失リスクがあり、営業地域が日本やアジアに限定されているため、成長には限界があります。そこで、自社開発製品・ソリューションを強化するとともにグローバル化を推進しました。
2021年には、売上高の20%程度を占めていたSynopsys社製品の販売代理店契約も終了しました。経営的に大きなインパクトがあったことは否めませんが、現在、代理店販売からソリューション企業への転換を進めています。またお客さまの領域も「ものづくり」に限定せず、シミュレーション技術で幅広く社会課題を解決しようと取り組んでいます。
自社事業の強み
ーーそれでは、自社事業の強みについて教えていただけますか?
当社の強みは、シミュレーションのリーディングカンパニーとして長年にわたり培ってきた技術やノウハウです。技術面では、構造解析、流体解析、電磁場解析、衝突・衝撃解析、光学解析、モデルベース開発といった幅広いシミュレーション技術と、AI、AR/VR、Big Data分析といった周辺技術を組み合わせたソリューションが提供できます。お客さまの課題解決に貢献できる、高い専門性を備えた人材が数多く揃っていることも当社の優位性の1つです。
また、当社では「シミュレーションを有効活用できる真のCAEエンジニアの育成」を目標とした教育コンテンツを、「CAEユニバーシティ」という形で15年以上にわたり提供しています。このような専門性の高い教育サービスを提供できるということも、当社の強みであると言えます。
ーーこれらの強みの根幹となるものは何かありますか?
38年前にスーパーコンピューター上で動くCAEソフトに注目して以来、早い時期からAR/VR製品の販売代理店になったり、日本初のAI搭載医療用ソフトウェアの開発を行うなど、当社には最先端の技術を追求し続けるDNAがあります。そして、このDNAを継承していくには、多くの大学や研究機関、企業の研究開発部門の皆様との技術交流が欠かせません。そうした極めてハイレベルな環境においても、研究への意欲を失うことのない社員の探求心とそれを支える企業文化こそが当社の宝であり、競争優位性の源と考えております。
過去のブレイクスルーや成功実績とその秘訣について
ーーありがとうございます。続いて過去のブレイクスルーや成功実績について教えていただけますか?また、その秘訣は何だと思いますか?
当社が取り組み、成功している事業の一つに、MBSE(Model-Based Systems Engineering)に関するコンサルティング事業があります。MBSEは、複数の専門分野にわたるシステムの要求分析から検証までの開発工程をモデルベースで進める開発手法で、機械、電気、ソフトウェアなどの分野を連携させ、開発プロセスを管理します。もともと欧米の航空宇宙産業で用いられていた手法ですが、近年、日本でも自動車業界などで注目されています。
2018年、当社は日本でいち早く新しい組織を立ち上げ、お客さまの研究開発プロセスを深く理解したエンジニアがMBSEに関する専門知識を活用し、業務プロセス改革を支援するサービスを開始しました。そして2020年、この事業を分社化しました。目的は、市場の拡大が見込まれるMBSE市場において専門会社として認知度を高め、先駆者としての地位を築くことと、人事などの制度を当社とは分けることにより、採用や育成のスピードを上げることでした。
ーーなるほど、他にも成功事例はありますか?
もう一つの成功事例として、当社が日本で初めて薬事承認を取得したAIを用いて大腸内視鏡検査における病変検出を支援するソフトウェア製品、EndoBRAINⓇの開発があります。EndoBRAINは、昭和大学・名古屋大学との共同開発により生まれた製品です。大腸内視鏡検査では、リアルタイムで切除すべき病変か、経過観察して良い病変か見分ける必要があります。お医者様がEndoBRAINを用いることで、治療が不要である非腫瘍を高い確信度で識別することが可能です。また、お医者様の診断精度が向上することで、不要なポリープ治療数を減らすとともに、患者負担が軽減できます。
当社は、このような新しい技術を常に探求し、お客さまの課題解決に貢献できるように取り組んでいます。
思い描いている未来構想や今後の新規 / 既存事業の拡大プラン
ーー今後の新規事業や既存事業の拡大プランについて教えていただけますか?
当社は現在、「ものづくり」を行うお客さまへの支援が中心ですが、中長期的には、「ものづくり」以外の分野、特にSDGsに関連する領域の事業を拡大したいと考えています。例えば、ヘルスケアは人体に関わることから、シミュレーションの活用が進みにくい分野でしたが、最近は海外でヘルスケア分野におけるシミュレーション技術が活用されてきており、日本でも活用が始まっています。
ーーそれは興味深いですね。具体的にはどのようなシミュレーション技術が活用されているのでしょうか?
固形製剤の製造プロセスで重要な打錠成形工程において、打錠障害の発生をシミュレーション技術により事前予測することで、試作費用の削減と開発期間の短縮が可能になります。また、新型コロナウイルス感染症の拡大以降、紫外線殺菌に関するニーズが高まっています。そこで流水や空中を浮遊するウィルス、壁面に付着したウィルスの不活化を効率化するため、紫外線照射量のシミュレーションなどによる支援を行っています。
ーーエネルギー分野ではどのようなソリューションが提供されていますか?
エネルギー分野では、水素エネルギーの効率的な貯蔵・運搬を行うために、電磁場解析と流体解析を組み合わせたソリューションを提供しています。また、風力発電装置の発電効率と安全性向上支援なども、エネルギー分野で提供しているものの1つです。
ーー今後のサイバネットシステムの展望についてお聞かせください。
当社のシミュレーション技術は、お客さまが目指すサステナブルな社会への実現に貢献できると考えています。長年培ってきたシミュレーション技術に加えて、新たなソリューションを生み出すアイデア力で、顕在的な課題だけでなく、潜在的な課題も見出して解決していくことが、“サイバネットシステムらしさ”であると考えています。
重点的に取り組んでいること
ーー現在、どのような取り組みをしているか、また、どのような取り組みを考えているのか、事業を変革するためにはどのようなアプローチが必要だとお考えですか?
当社では、経営理念の刷新が必要だと考え、2021年にビジョン・ミッション・クレドを新たに作成しました。ビジョンは「技術とアイデアで、社会にサステナビリティとサプライズを。」、ミッションは「想像を超える、創造力で、課題のブレイクスルーを導く。」です。また、クレド(行動指針)は、社員と長い時間議論を交わしながらボトムアップで作成したもので、「社会への約束」「お客さまへの約束」「社員との約束」で構成されています。
社内では、クレドアンバサダーが広報大使の役割を担い、さまざまな浸透施策を実施しています。また、クレド賞として、クレドに即した行動をした社員・団体を四半期ごとに表彰するなどの活動を通じて、社員の意識や取り組みを変革しています。
ーークレドに関連する具体的な取り組みの一例を教えていただけますか?
クレド浸透活動の中に、OK・NG行動というものがあります。例えば、ある担当者がお客さまに製品を購入していただいたと報告した際、課長は「おめでとう。よくやったね。」と言いますが、これはNGです。私たちが求めるのは、お客さまの真の課題を理解し、解決に導くことです。そこで、上司は「おめでとう。ところで、お客さまの真の課題っていうのは何だった?」と問いかけ、担当者の視点を高め、お客さまとより深い信頼関係が築けるようチームを促していくのです。
ーー素敵な取り組みですね。社外、特にお客さまに向けてはいかがでしょうか?
お客さまに対しては、当社の取り扱い製品やその特長を説明するだけでなく、お客さまが抱える課題を理解し、それに基づいてソリューションを提供するように変わってきています。このためには、当社独自のソリューション開発が必要であり、技術部門の組織横断の組織である技術本部が取り組んでいます。
ーー今後注力していきたいことは何かありますか?
人材に関する施策や投資をさらに積極的に行っていきたいと考えています。日本においても人材の流動性が高まっており、優秀な人材を当社に引き寄せ、育てることが競争力に直結します。新しい企業理念を実現するために、人材の採用、育成、評価に関する基本方針を定め、制度の見直しも行っていきたいと考えています。
ーー本日は貴重なお話をありがとうございました。