ネット証券やスマホ証券の登場によって敷居が低くなり、新たに株式投資を始める人が増えている。しかし、新型コロナウイルスの影響に伴う経済不安もあり、どのように投資先を見つけるべきか迷う人も多いだろう。そこで、投資方針のヒントを元インフォストックスドットコム・日本株チーフアナリストの鈴木一之氏に聞いた。

鈴木一之氏
鈴木一之氏
1961年生。1983年千葉大学卒、大和証券に入社。1987年に株式トレーディング室に配属。2000年に退社。インフォストックスドットコムにて日本株チーフアナリスト。2007年よりフリーとなり、現在に至る。相場を景気循環論でとらえるシクリカル銘柄投資法を展開。著書に、「きっちりコツコツ株で稼ぐ 中期投資のすすめ」(2013年7月、日本経済新聞出版社)、「賢者に学ぶ 有望株の選び方」(2019年7月、日本経済新聞出版)など。主な出演番組では、「マーケットアナライズ+(plus)」(BS12トゥエルビ、土曜13:00~13:45)、「東京マーケットワイド」(東京MXテレビ、水曜9:00~、木曜12:30~)、「マーケットプレス」(ラジオNIKKEI、月曜12:30~)。

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30年ぶりの高値水準……株式市場活況の背景

鈴木一之,株式市場
(画像=PIXTA)

株式アナリストの鈴木一之です。2021年の夏が終わり、秋の雲が空にたなびくようになりました。今年は外出できない日々が続いたために、思い出に残る晴れやかな出来事やイベントが少なくて、時間の経つのがひときわ速かったように感じます。

57年ぶりに東京で開催されたオリンピック、パラリンピックの選手団の皆さんの活躍がせめてもの慰めです。特にパラリンピックでの神業的なスーパープレイの数々が目に焼きついています。記憶と記録に残る数少ない夏の思い出です。

新型コロナウイルスとの戦いは途切れることなく続いています。医療に携わる皆さまの懸命の努力にもかかわらず、新規の感染者数は9月に全国で160万人を超えました。ワクチン接種は人口の5割を超えましたが、今なお日頃の行動規制は続けられています。集団免疫のレベルが逃げ水のように引き上げられています。

そのような沈鬱なムードを吹き飛ばす出来事が、株式市場の活況です。9月に入って代表的な株価指標である「日経平均株価」が3万円の大台を突破しました。出遅れていたTOPIX(東証株価指数)もようやく動き出し、どちらも30年ぶりの高値水準に進んでいます。

日経平均株価(月足、1988年12月~2021年9月)

日経平均株価(月足、1988年12月~2021年9月)
(チャート提供:日本証券新聞)

日本の株式市場は新型コロナウイルスとの戦いの中で、わが国が抱える固有の問題、すなわち硬直的な諸制度(厚労省などの官僚制度、医療提供体制、国と地方との統治関係)、ワクチンの製造承認の手順、供給力不足、国民への行動規制の発動権限などが災いして、諸外国に対して株価の値動きがずいぶん見劣りすると指摘されていました。

それが霞が関を突き動かして、政治の中枢、表看板をそっくり取り換えることを狙った自民党総裁選、衆院選が秋に開催される運びとなり、現状の閉塞状態を打破する変化への期待から大きく動き始めたのです。

実際に日本経済の状況は、再び危険な水準に近づいています。国民への外出自粛の要請から、飲食店、百貨店、ブティック、イベントホールなどの商業活動は大きなダメージを受けたままの状態です。給付金の配布も遅れがちで、経済面でのコロナ対策が私たちの日常生活を支えるまでには至っておりません。

実質成長率(GDP)は、最も厳しい経済措置がとられた2020年4-6月期の最初の緊急経済対策の時期で、前期比▲7.9%、年率換算▲28.1%まで落ち込みました。それが今年4-6月期は、前期比+0.5%のプラスに戻っていますが、先進国の中でもリバウンドのレベルは依然として低い水準にとどまっています。

とても楽観的になれるような状況ではありませんが、株価が上昇することでその「アナウンスメント効果」によって、先々への期待が膨らみます。株価は景気に先がけて動く、という「景気の先行指標」の位置づけが浸透しており、その株価が日経平均やTOPIXで30年来の高値まで到達したことで、企業サイドおよび個人の間でも今後はなんらかの動きが出てくることが予想されます。

先行した米国市場と比べて、大きく出遅れてしまった日本の株価や企業活動は、ここから急速に活発化してくることが十分に考えられます。日本の景気動向はそのあとからついてきます。

株価と景気の関係性とは

ではなぜ、株価は景気に先がけて動くのでしょうか。実際に過去の局面を振り返ってみれば、不景気のど真ん中で株価は大底を打って、不景気のまま株価は上昇していきます。反対に景気のピークでは、好景気の真っただ中で株価だけがピークをつけ、人々がまだ好景気に沸いているうちに株価だけがどんどん値下がりしていきます。

このような現象は、イメージとしてはすぐに浮かぶ方もいるかもしれません。そうでない方もいらっしゃるかもしれません。実際には株価と景気の関係は、このような図式をいつも繰り返しています。その理由を掘り下げてみると、なかなか奥深いものがあります。

ひとつには、「株価」と言ってもさまざまな業種、いろいろな銘柄、企業があるということです。数ある業種や銘柄の中でも、景気の動きに最も敏感なのは「素材セクター」です。

鉄鋼、化学、ガラスあるいはゴム、非鉄金属、セメントなどが素材セクターと位置づけられます。鉄鋼セクターが製造した鉄板類を材料に使って、自動車メーカーや建設会社は自動車製品やビルを作ります。素材セクターは製造業に対して原材料、基礎素材をビジネスの中核製品として扱っているために「素材セクター」と称されます。

景気の動きに本当に敏感なのは、この素材セクターです。景気の悪化局面はモノの値段が大きく値下がりしています。景気が底入れから反転・上昇局面に入ったと判断するや否や、あらゆる産業から素材セクターに基礎素材を発注する注文が舞い込みます。一刻を争って安いうちに基礎素材を調達する必要があるためです。

すると鉄鋼や化学メーカーなど素材セクターの売上高が、全産業に先駆けて少しずつ増え始めます。まだ日本経済の現状はとても景気がよいと言える状態ではありませんが、基礎素材に真っ先に注文が舞い込み、素材セクターの売上が増えることによって、株価だけは徐々に浮上し始めるのです。

そのような動きが次第に他の産業へと広がっていき、素材セクターからいよいよ自動車、機械、電機機器、精密メーカーなどの加工組立産業にも受注増加が広がっていくと、それがひいては幅広い産業の株価の上昇につながっていきます。そして景気のピーク局面ではこれと正反対のことが起こります。

素材セクターは鉄鋼や化学メーカーにとどまらず、商社、海運、トラック、半導体メーカーなど基礎素材を扱っている業種であればいずれも該当します。これらのセクターがお先棒担ぎのように先頭を切って動き出し、次第に他の産業にも広がっていくところに株価全体の先行性が備わっていると考えられるのです。

30年の変化と今後の株価動向

思えばこの30年、世の中は本当に大きく変わりました。株価と土地のバブルに翻弄された80年代。バブル崩壊と不良債権処理、金融危機の連続だった90年代。「9.11」が勃発し米国の正義が大きく揺らいだ2000年代、そこからリーマン・ショック、インターネット革命、スマホ革命、SNS全盛時代へと続いています。

2000年ごろを境に、地球がまるでもうひとつ出現したかのような、非連続的な変化が生じたと表現されることもあります。

NYダウ工業株30種平均が前人未踏の3万5000ドルに達したことも特筆されます。背後には安定した米国経済の拡大がしっかりと横たわっています。そしてついに、日経平均およびTOPIXが30年ぶりの高値水準に到達しました。

景気の動きに敏感な株式市場の元来の役割はそのまま変わらずに、一方でこの30年間の大きな変化を飛び越えて、時代の連続性という観点ではまるで違った新しい地点に日本経済は到達している可能性も否定できません。

ここから先の株価動向は、やはりこれまでと同様に、各国政府による経済面でのかじ取りにかかっていると見られます。補正予算の規模を膨らませるような単純な景気刺激策ではなく、社会に広がっている格差の拡大をいかに収束させていくか。「賢い消費」がいつにも増して各国政府には求められます。

財政政策は「小さな政府」と「大きな政府」の対比で語られがちです。企業はまだしばらくの間、コロナ危機による売上の減少に苦しむはずです。そのような状況では「大きな政府」の役割を志向する政策が待ち望まれます。財政政策による政府支出の拡大で景気を下支えしている間に、日本企業の変化そのものを後押しする政策にも目を向けるべきです。

日本の社会にとって、この30年間は当初のうちは「失われた10年」と呼ばれ、いつの間にか「失われた20年」に延長され、今では「失われた30年」になろうとしています。安倍晋三・前首相による経済政策「アベノミクス」がもたらした好景気も、規制緩和を柱とする「第三の矢」は最後まで実現できずじまいでした。アベノミクスが一時的な景気浮揚にとどまった結果、「失われた20年」は「30年」に伸びたと言えます。

ただし冷静に見回せば、その間も日本企業は目につかない部分で自らを大きく変化させています。それは企業の財務体質の変化に現れています。

法人企業統計(財務省、2021年4-6月期)には、日本企業のバランスシート(貸借対照表)が示されています。そこでは一貫して長期・短期の借入金が減少し、それと呼応して自己資本(純資産)が一貫して増加している様子が見られます。日本企業は財務体質の強化を着々と進めています。

日本企業のバランスシート
(財務相、法人企業統計2021年4-6月期より筆者作成)

例えば、1995年~97年の日本企業(全産業、全規模)の長短借入金は、合計で520兆円もありました。それが最近の景気拡大のピークで、2018年には408兆円まで減少しています。

足元ではコロナ危機へのリスク対応で手元の借入金を厚めにしているようですが、一方で自己資本(純資産)は、1990年代の前半に200兆円強の水準でしたが、2020年には750兆円まで大幅に増えています。

この30年間で日本企業は、多すぎると指摘されていた借入金を減らし、その代わりに少な過ぎた自己資本(純資産)を着々と積み上げています。この30年間の変化は、まずこの点に集約されて現れています。

借入金と純資産の額が逆転したのが、2004年~06年にかけてのことです。ほぼ同じ時期に、日本企業は現預金の金額も大きく増やしています。2000年代半ばに100兆円を少し上回るだけだった企業の現預金は、20年には230兆円と2倍に増加しました。

企業の現預金
(財務相、法人企業統計2021年4-6月期より筆者作成)

このように現在の日本企業は、この30年で脆弱だった財務体質の強化に努めながら、同時に買収や設備投資などの機動的な戦略的アクションがいつでもとれるほどの豊富なキャッシュを社内に蓄積することに成功しています。

そのようなバランスシート改革の一環として、売上高に対する営業利益の利益率も向上しています。コロナ危機で足元では一時的に落ち込みましたが、すぐに回復すると過去30年間の最高値水準に達しているのです。これは企業の生産性が大きく改善していることを示しています。

営業利益の利益率
(財務相、法人企業統計2021年4-6月期より筆者作成)

注目している「百年に一度」の変化と個別銘柄10選

長年にわたって日本企業は、持合い株式や不動産投資などで財務的に無駄な資産を保有していることが多い、と海外投資家から指摘されてきました。そのため、自らの欠点を少しずつ改善してきたのです。

そしてコロナ危機のような誰もが逡巡して考え込んでしまうような、明日の見えない事態に直面したときこそ、財務上の余裕、資産と負債の安定したバランスがあらためて強みとなってきます。

時代の要請は明らかに「カーボンニュートラル」と「デジタルトランスフォーメーション」です。「百年に一度」という規模の大きな時代の変化を前にして、財務体質を強化してきた日本企業の適応力、応用力、製品開発力が、ここからはおおいに発揮されることでしょう。

それを存分に期待したいところです。日経平均が3万円に到達したという意味は、まさにそのような長年にわたる変化の結果にあたるのだと思えてなりません。

ここからは成長力に加えて、もうひとつプラスして財務安定性に注目したいと思います。安定した配当金の増額を連続して発表している、以下の企業に注目しています。

・日本電気 <6701>
・アステラス製薬 <4503>
・ジャックス <8584>
・SOMPOホールディングス <8630>
・ライト工業 <1926>
・協和エクシオ <1951>
・ヒューリック <3003>
・ニチハ <7943>
・伊藤忠商事 <8001>
・三洋化成工業 <4471>