次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。
今回のゲストは、サイボウズ株式会社代表取締役社長の青野慶久氏。独自性のあるプロダクト、ユニークな取り組みや制度を通して新しい会社の形を世に問う同社は、どのように事業を展開し、どのように未来を見ているのか。そのコアとなる思想を聞いた。
(取材・執筆・構成=落合真彩)
1971年生まれ。愛媛県今治市出身。
大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、
松下電工(現 パナソニック)を経て、
1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。
2005年4月代表取締役社長に就任。
2018年1月代表取締役社長 兼 チームワーク総研所長(現任)
社内のワークスタイル変革を推進し離職率を10分の1に低減するとともに、
3児の父として3度の育児休暇を取得。
また2011年から事業のクラウド化を進め、2020年にクラウド事業の売上が全体の75%を超えるまで成長。
総務省、厚労省、経産省、内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーを歴任し、
CSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。
著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、
『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)がある。
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。
プロダクトの価格にも企業の「思想」が出る
冨田:青野社長やサイボウズさんのことを知っている方は多いと思いますが、ZUU onlineは投資家さまが多いサイトですので、いつもとは違った視点でお伺いする形の対談になるかと思います。それでは、まずは創業からの事業の変遷についてお伺いします。
青野:よろしくお願いします。サイボウズは当初、グループウェアのアプリケーションをつくってパッケージ展開してきました。具体的には「サイボウズ Office」という中小企業向けのグループウェア、「Garoon(ガルーン)」という大企業・中堅企業向けのグループウェアなどです。これをクラウドに転換したのが2011年で、今は約8割ほどがクラウドの売上となっています。
クラウドへの転換のほかに、もう1つ転換点がありました。グループウェアだけでなく、「kintone(キントーン)」という業務アプリ開発クラウドサービスが伸びてきたんです。今は最も売上が大きいプロダクトになっています。発売開始はクラウドに転換するタイミングと同じ頃、ちょうど10年前くらいですが、伸びてきたのはここ3~4年ほどでしょうか。
冨田:なるほど。例えば、kintoneとサイボウズ Officeがつながるとか、kintoneとGaroonがつながる、そういったサービス間の連携はあるのでしょうか。
青野:kintoneはいろいろなものとつながることができます。Garoonとkintoneはよくセット売りしますし、もっというと、freeeさんやマネ―フォワードさん、Sansanさんといった他社さんとのサービス連携もしています。
また、“ローコード開発ツール”とも言われ、機能追加やカスタマイズができるツールでもあるので、周辺にいろいろなサービスがつくられています。kintoneを中心にエコシステムができあがるようなプロダクトになっています。
冨田:ありがとうございます。つなぎ込みがしやすいと、離脱が少なくなったり、アーパ(ARPA:1アカウント当たりの平均収益)が上がったりするのではないかと思います。特にここ数年のストック(クラウド)売上の伸びがすごいですよね。
青野:大したことないですけどね。コツコツ積み上がってはいますけど、世界的に見ればまだまだですから。
冨田:今のご発言だったり、こういった実績が出せるということ、あるいは離職率が低かったり、働き方改革の先頭を切っていたり、さまざまなところにサイボウズとしての特性があるように思います。青野社長自身は、どういったところにコアコンピタンスがあるとお考えでしょうか。
青野:狭い範囲でいうと、一番わかりやすいのは価格ですね。例えば、kintoneが比較されやすい外資系のプロダクトは1万8000円、kintoneは1500円(※)。ここには単なる価格の違いではなく、「思想」の差があると考えています。
僕たちはどちらかというと小予算で、ITに詳しくない人でも導入できるようなサービスにしています。「ITに疎い方も見捨てません、皆さんをデジタル化させますよ」、そんな思想を持っているので、「使いやすい、わかりやすい、安い」製品を出しているんです。
売上や利益以上に、「チームワークあふれる社会を創る」こと。社会を変えるようなサービスをつくっていくために、すべての人をターゲットにものづくりを心がけている。このあたりがコアコンピタンスと言える部分だと思います。
(※)スタンダードコースでの1ユーザー月額料金 https://kintone.cybozu.co.jp/price/
サイボウズが広げたい「チームワーク」とは?
冨田:その思想をベースにすると、開発に対する考え方も、サービスの広げ方に対する考え方も、世の中一般の企業と異なりますし、今どんどん出てきているSaaS企業ともまた違うものがあると感じます。会社のコアに「チームワーク」というものがあるから、今のような事業展開になっているのだと改めて理解しました。「チームワーク」を起点にすると、さまざまなサービスが成り立つと思いますが、具体的な事例はございますか?
青野:社内で面白い動きがいくつかあります。1つは「チームワーク総研」というブランドでチームワークや人事制度などに関する「メソッド」を開発・提供する事業をしています。ソフトウェア屋さんなのに研修コンサルティング事業みたいなものが立ち上がっているのは面白いですよね。
最近だと、「サイボウズ式」というオウンドメディアから「サイボウズ式ブックス」という出版事業が生まれました。チームワーク関連本をつくって出そうというものです。これからはもう、行き着く先がソフトウェア企業なのかどうかもわからないですね。
冨田:組織づくりの観点と事業側の両方の観点で、一貫した考え方をお持ちですね。まさに思想を売っている会社だな、と。少し具体的にお聞きしたいのですが、サイボウズさんが広げたい“チームワーク”というものは、どういったものなのでしょうか?
青野:そこはずっと議論し続けています。まだ正解に行き着いた感じはしないのですが、少数のすごい人たちが集まってすごい成果を出すようなチームだけじゃ、世の中はつまらないと思っています。もっといろいろな人がいて、それぞれが自分らしく貢献できる。そんなチームが増えたら、チームワークあふれる社会になると思うんです。
キーワードは、「多様な個性を重視する」こと。「介護しながらでも育児しながらでも、午前中しか働けない人も午後しか働けない人も大丈夫。なぜなら、僕たちはグループウェアで連携し合って動くから」。そういう考え方です。
僕は最近、選択的夫婦別姓に関して国を提訴しましたが、これも思想としては一貫しているものです。世の中には、結婚するときに名前を変えたい人も変えたくない人もいるわけで、選択肢が用意されていない今のままじゃ、自分らしく生きられないじゃないかと。1人ひとりが自分らしく生きられる社会を創る。そのために僕たちはツールを提供し、メソッドを提供し、こうやって社会に問題提起もしていく。それが僕たちのやりたいことです。
扱うものがデータであっても、無機質な仕事にならないために
冨田:個人がメディア化していく中で、いろいろな考え方があってOKという世の中になってきています。一方で企業という集団からすると、統率が取りにくくなるという側面も出てくると思います。1人ひとり自分の考えがあることを受容していくサイボウズさんのような思想があると、企業のそういった課題を解決することにもつながっていくのでしょうか。
青野:日本では一律を重んじるところがあって、まだまだ1人ひとりを生かしきれていないので、どんどん生かせる社会に向かっていかないといけないですね。そのやり方を僕たちはツールとメソッドで示していきます。でも今、世の中全体がその方向に向かい始めていると思います。
冨田:ツールやメソッドをお客さまに提供することで、その思想の実現をサポートしていくというスタンスですね。先ほど、サービスの価格に思想が表れているというお話をいただきましたが、機能的な特徴をお聞かせいただけますか。
青野:サイボウズの製品が他と違うのは、まずはオープンである点です。スケジュールを書くと全員に公開されるというのがデフォルトで、社長のスケジュールをみんなが見られるんです。だから導入当初は抵抗感を持つ方も多いです。他社製品だと、基本的にスケジュールはプライベートなもので、誰にどこまで見せるか選びながら見せるという形になりますから。
でも僕たちが思うチームワークは、お互いが心理的安全性のもとさらけ出せる状態。隠しながら働いていたら、1人ひとりの個性は見えてこないと思うんです。
もう1つの特徴は、いろいろなところにコミュニケーション機能が付いている点。kintoneでデータベースをつくると必ず「チャット機能」がつきます。例えば顧客データを入れると、そのデータについてのチャット欄がついてくる。
これによって何をしようとしているかというと、「語ろう」と。データを見て無機質に仕事するのではなく、その顧客について知っていること、思ったことをみんなで言い合おうということです。これも僕たちの思想が表れている1つのポイントですね。
取締役は公募制。「トップ」という概念がなくなってきた
冨田:最後に、未来構想をお聞きしたいと思います。サイボウズさんは今後、どういう方角に向かっていて、どんな未来を描いているのでしょうか。
青野:「チームワークあふれる社会を創る」。本当にそれをやりたいと思います。今、世界を見ていると、いろいろなところで分断や対立が起きたり、格差が生まれたりして、1人ひとりを大事にしない社会になっている感覚があります。僕らはどうしたらこれを解決できるだろうと考え続けています。
kintoneのような企業向けサービスをつくって、グローバルに広げることはもちろんしますが、それで足りないことも思いつけばどんどんやっていきます。ただそれは、僕がビジョンを示して引っ張っていくというよりは、かかわる人たちが勝手に発想して、自走してくれるような組織を理想としています。
先ほどのチームワーク総研にしてもそうですし、サイボウズ式ブックスにしてもそうです。好きな人が勝手にやっていて、気づけば世の中にチームワークがあふれていく。そんなイメージですね。僕は、ソフトウェアが好きなのでソフトウェア事業ばかりやっていくと思いますけど(笑)。
冨田:会社としては、生態系の中でいろいろなものが立ち上がっていく。
青野:そうですね。好きにしてくださいっていう。ご存知かもしれませんが、サイボウズは取締役を公募制にしちゃったので、誰でも取締役になれるんですよ。
冨田:あれは衝撃的でした。
青野:一応僕には代表取締役社長という肩書がついていますが、実際に社長と同じ権限を持った人がすでに10人ほどいます。ある意味、「トップ」という概念がなくなってきている。組織形態としてはユニークですし、「そんなんで統制取れるんか」と言われたりしますが、統制を取るつもりはないので(笑)。
カオス状態の組織のほうが現代に合っていると思います。まさに1人ひとりの個性を生かす組織です。こうやって新しい組織を模索しながら、いろいろな活動とともに社会を変えていきたいと思っています。
冨田:今日お話を伺って、想像以上に社会課題解決型企業と言いますか、お考えはよくメディアなどで拝見していたのですが、本当にブレがないと感じましたし、その根幹部分がすごくよく伝わってきました。特に海外投資家の方たちは社会課題に対する意識が高まってきていますから、サイボウズさんのような思想はグローバルトレンドに乗ってくると思います。ありがとうございました。
プロフィール
氏名 | 青野 慶久 |
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会社名 | サイボウズ株式会社 |
役職 | 代表取締役社長 |