特集『隠れ優良企業のCEO達 ~事業成功の秘訣~』では、日本を支える「隠れ優良企業」をピックアップし、そのトップにインタビューを実施。「オーナー社長」に事業を立ち上げるに至った背景や想い、今後の挑戦などを聞くとともに、事業を成功に導く秘訣に迫る。
今回は1865年(慶応元年)から水産練製品の製造・販売を行う、株式会社鈴廣蒲鉾本店・代表取締役社長の鈴木博晶氏にお話を伺った。
(取材・執筆・構成=斎藤一美)
東京工業大学卒業後、北洋水産株式会社勤務を経て、1978年鈴廣かまぼこ株式会社)へ入社。1996年に代表取締役に就任(現職)。小田原蒲鉾の伝統を受け継ぎ、安心安全の天然素材100%の蒲鉾製造に努めている。2012年全国蒲鉾連合会第8代会長も務め、かまぼこの需要創造へ尽力。2021年水産功績者表彰を受賞。2023年3月に各分野の有識者がコンソーシアムを組む「お魚たんぱく健康研究会」に事務局として参画し、魚が持つ良質なたんぱく質の魅力を世に広める活動を行っている。
創業150余年、職人技が生きるかまぼこ作り
―最初に、鈴廣かまぼこ様について教えてください。
株式会社鈴廣蒲鉾本店代表取締役社長・鈴木博晶氏(以下、社名・氏名略)::弊社はかまぼこ作りを続けて150年ほどになる、小田原のかまぼこ会社です。屋号を何度か変えているのですが、遡ると私で10代目になります。ドアを1つ開ければかまぼこ工場という環境で育ちましたので、子どもの頃から「将来はかまぼこ作りをするのだろう」と思っていました。
小田原かまぼこは、500年ほど前から作られていた歴史ある水産加工品です。参勤交代が行われていた時代は、お殿様に献上されるような高級品だったそうです。現在は冷凍すり身の技術がありますが、昔は目の前の海で獲れた魚をすぐに捌き、職人が加工していました。弊社では生の魚と冷凍すり身の両方を使用していますが、高級なかまぼこは今でも生の魚を原料としています。
かまぼこ作りには、魚の頭を落とし、水にさらし、塩を入れて練り、蒸して熱するといったさまざまな工程があり、各々に職人の技があります。例えば、包丁の入れ方。上手くやらないと魚の内臓を傷つけてしまい、そこから消化酵素が流れ出てしまいます。この酵素が魚の身に付くと弾力が失われ、食感が悪くなります。
また、塩を入れるタイミングや蒸し上げる時間がほんの少し違うだけで、かまぼこはまったく違う仕上がりになります。そのため、弊社では長年培ってきた職人の技を活かし、美味しいかまぼこを作るために最大限の努力を続けています。
しかしながら、職人技というのは経験則ですから、身に付くまでにかなりの時間を要します。昔は、一人前の職人に育つまで10~20年かかると言われていたほどです。そこで弊社は2007年に「魚肉たんぱく研究所」を立ち上げ、職人の技術を科学的に分析・可視化する試みを開始しました。これにより、若手社員はベテラン職人の技を短時間で習得できるようになり、ベテラン職人も科学的な知識や裏付けを持った上で自分の技を磨けるようになりました。
お魚たんぱくで世界を健やかに
―近年のかまぼこ市場について教えてください。
40年以上前はかまぼこを食べるのは日本人だけで、その頃の日本におけるかまぼこ消費量は100万トン強でした。しかし、20年くらい前にカニカマが登場したのをきっかけに、練り製品の需要が一気に海外へ広がったのです。
現在、世界の練り製品の消費量は160万トンまで増えています。一方、日本の消費量は約50万トンまで減ってしまいました。昔はかまぼこを扱う会社が約3,000社ありましたが、現在は約800社まで減少しています。
魚の健康機能を研究し世界に発信
―かまぼこの消費を増やすべく、お魚たんぱくの研究も行っているそうですね。
かまぼこに限らず、お魚がいかに素晴らしい食材かということを、もっと知っていただきたいと思っています。実はお魚のたんぱく質は、非常に素晴らしい動物性たんぱく質なのです。
食生活の欧米化に伴い、日本の魚介類消費量は減る一方です。図1を見ていただくとわかるとおり、1995年には牛や豚、鶏といった畜肉よりも魚介類の消費量が上回っていました。しかし、その後魚介類の消費量が下降の一途をたどり、一方で畜肉の消費量はどんどん増え、2007年には逆転しました。
図1:日本人1人あたりの肉と魚介類の消費量
さらに図2のとおり、日本人のたんぱく質の摂取量は過去25年で20%ほど減っています。70代の摂取量は少し増えているのですが、これはお医者さんなどから「肉も食べるように」と言われ、畜肉を食べるようになったからです。魚肉も肉なのですが、肉と言われると畜肉をイメージしてしまうようですね。
そして、畜肉の消費量が増えるとともに、脂質の摂取量も増えています。脂質の過剰摂取は生活習慣病につながるため、健康を考えると決して良い傾向とは言えません。私は事業を通して世の中の役に立つことが大切だと考えておりますので、お魚たんぱくの魅力を世に伝えていくことに本気で取り組み、この状況を打破していきたいと考えています。
その一環として、お魚たんぱく質を気軽にワンハンドで食べていただけるフィッシュプロテインバーという新商品の販売を2022年9月に開始しました。
■図表2:たんぱく質・脂質の摂取量
―お魚の魅力を広める活動一環として、「お魚たんぱく健康研究会」をスタートさせたそうですね。
「お魚たんぱく健康研究会」は鈴廣が作ったものではなく、かまぼこ会社を始め、魚の加工会社や大手信販会社など、約60社の法人会員と約30名の個人会員で構成されています。今年の3月14日に設立総会を行い、これから本格的に動き出したところです。お魚たんぱくの素晴らしさを世に伝えていくための情報プラットフォームに育てたいと考えています。
活動としては「お魚たんぱく健康だより」というニュースの発信や、専門家の方を講師に迎えたセミナー、会員も参加できるシンポジウムなどの開催を予定しています。これらに加えて、お魚たんぱく質に関する世界中の論文・研究を検索できるサービスも提供しますので、さまざまな製品開発やPR活動に使っていただけたら嬉しいですね。
未利用の魚を再利用する取り組み
― 今後の目標や展望についてお聞かせください。
「たんぱくクライシス」という言葉をご存じでしょうか。実は、2035年には世界的にたんぱく質の供給が足りなくなると言われています。その一方で、世界では漁で網にかかっても食用へ廻らず飼料や肥料になったり、洋上で選別して投棄したりする魚が少なくありません。これを新たなたんぱく源として活用するために、我々の水産加工の技術を活用したいと考えています。そのために必要な技術開発にも取り組んでいくつもりです。
― 最後に、投資家に向けてメッセージをお願いします。
Chat GTPが話題になっているように、近年はAI技術が急速に進んでいます。しかし、そちらに引っ張られ過ぎていることも心配です。コンピューターのおかげで人々の暮らしはかなり便利になりましたが、その分人間が忙しくなってしまったという一面もあります。だからこそ、利便性のための技術に振り回されない姿勢も必要だと思うのです。
DX・GXも良いのですが、今こそ日本人は「人間としてどうあるべきか」というところに立ち返る必要があるのではないでしょうか。事業を始めたら成功しなくてはいけない、大きくしなくてはいけないという風潮になっているのも、良い面と悪い面がありますよね。時にはゆっくり人間学や哲学を学ぶ時間を持つことも大切だと私は思います。