【国家戦略となった金融教育で大学が果たす役割】ー駒澤大学代田純教授に取材ー

 

代田純(しろた じゅん)教授

代田純(しろた じゅん)教授

駒澤大学経済学部商学科で金融論を担当。ドイツを中心とするユーロ圏と日本の比較から、日本における金融財政の課題を研究。著書に「誰でもわかる金融論 」(学文社)、「ファイナンス入門」(ミネルヴァ書房)、「入門銀行論」(有斐閣)ほか。証券経済学会 理事 、公益財団法人 日本証券経済研究所 現代債券市場研究会主査 。

日本の金融教育は、今第一歩を踏み出したばかり

ー学習指導要領の改訂で2022年度から高校の授業で金融教育が含まれるようになりました。この政策に関する率直な感想をお聞かせください。

代田純教授:私は、駒沢大学に来てから21年目になります。以前は関西の立命館大学に8年間在籍し、大学教員としては29年目です。これまで入試問題の作成などに関わり、なかでも1番多かったのは政治・経済分野でした。現在は公共という名称に変わっていますが、以前は公民と呼ばれる科目の中に、政治・経済や現代社会、倫理がありました。

以前の政治・経済の教科書では、金融に関する記述は中央銀行の金融政策しかありませんでした。教科書が20冊あるとすると、大体10社ぐらいがそのレベルの内容でした。具体的には、中央銀行が各国に存在して金融政策を実施していることや、公定歩合政策、公開市場操作、預金準備率操作などが主な記述内容です。そうした背景から、一般的な大学入試の問題では、中央銀行の金融政策ぐらいしか出題されてきませんでした。

それに比べると、2022年度から家庭科を中心として金融の必修化が始まったということは、非常に大きな前進だと思います。ただし、内容が十分かというと、そうではないというのが率直な感想です。文科省が定めた学習指導要領を見ると、消費者保護といったテーマの中で金融について触れている程度です。金融が前面に出ている状況ではありません。

日本証券業協会の方からお話を聞いたところ、年間1~2回、家庭科の中で金融に関する授業があるような現状とのことです。日本証券業協会などから教材が提供され、家庭科の先生方が教えています。こうした現状を考えると、金融の必修化は大きな一歩と思いますが、まだ一歩目が踏み出されたに過ぎない状況とも言えるでしょう。

ー金融教育においては大まかな流れしか教育内容に含まれておらず、「資産を増やす」といった個人の金融教育にまで及んでいない様子ですね。家庭科の先生が金融知識を持っているかどうかも、気になるポイントです。

代田純教授:業界誌を読むと、銀行や証券会社が金融教育に関わっていることがわかります。特に地方銀行が多いようです。地元の高校と提携協定を結び、金融教育をスタートしている様子がうかがえます。多くの場合、銀行や証券会社の方が年に1回程度学校に来て、話をするようなケースだと思います。

大学の役割は、金融教育を全世代に提供すること

ー金融教育における大学の役割について、ご意見をお聞かせください。

代田純教授:大学教育においては、金融教育を全世代に提供することが求められています。中高生にはすでに金融教育が行われていますが、社会人や大学卒業者にも金融の基礎知識を身につける機会が必要です。駒沢大学では土曜講座や公開講座、社会人大学院などを通じて、株式や債券、投資信託などの金融に関する知識を提供しています。たとえば、現在話題になっているシリコンバレー銀行の倒産、金利の上昇による影響といった金融に関する問題は、社会人も理解しておく必要があります。

ー社会人の方でも、金融の知識がない状態で勉強を始める場合が多いと伺いました。代田教授が担当する授業では、どのような内容から始められるのでしょうか?

代田純教授:先日実施した第一回目の授業では、「お金とは何か」というテーマを取り上げました。通貨には現金通貨と預金通貨があります。現金通貨には銀行券と硬貨があり、預金通貨には普通預金と当座預金などがあります。普通預金と当座預金は流動性が高いため支払いに使えますが、定期預金は支払いに使えません。こうした基礎中の基礎から教えています。ほかにも、現代のキャッシュレス社会に関する話や、日本が現金社会であったこと、日本人が現金に対して高い信頼感を抱いていることなどを講義しています。

ー面白そうですね。私も大学時代受けておきたかったです。私は社会学部出身なのですが、金融に関する講座は学部にありませんでした。そのため、駒沢大学ではどうなっているのか気になります。

代田純教授:商学という科目は18世紀にすでに存在し、実は経済学と同じくらい古い歴史を持っています。一方、経営学という分野は20世紀に入ってから。つまり、経営学が始まる前から商学という分野があったということなんです。そのような話を授業で紹介することもあります。ほかにも、ファイナンスや資金調達などの話題を取り上げています。

駒沢大学ではそうした内容を学ぶ「ファイナンス基礎」という科目があります。1年生が学ぶことが多いですね。この科目は最先端のトピックも扱っており、たとえばビットコインや仮想通貨、デジタル人民元についても今後の授業で触れていきます。

最近の学生は、ビットコインや仮想通貨に関心が高い様子です。貨幣や通貨などの基礎知識が十分でないまま、先に進みたがる傾向があります。そこで、まずは金融の基本的な概念を解説する授業を提供しています。その授業のひとつが「ファイナンス基礎」です。入門編の科目であり、より専門性の高い金融論を学んでいきます。

ほかにも「銀行システム論」「グローバルファイナンス」「証券市場論」「保険論」「リスクマネジメント」といったテーマを学生には学んでもらいます。これらのテーマは社会に出てからも役立つ知識なので、卒業までに一通り理解してもらえるようカリキュラムを組んでいます。

知識がないまま投資を始める大学生のリスク

ー商学部以外の学生の場合、金融知識が不足していることがあります。そうした状況の中、社会に出てからビットコインや株式、FXなどに手を出してしまうこともありますよね。代田教授は、この状況についてどうお考えでしょうか?

代田純教授:若い人の中には、リスクとリターンの関係を理解しないまま仮想通貨取引をしている人がいます。投資には色々な種類があります。ビットコインのように担保がないものや、国債やドルなど法定通貨が担保になっているものなど、多様です。こうした点を理解せずに取引を始めるのは、大きなリスクがともないます。

ー大学における金融教育の課題をお聞かせください。

代田純教授:コロナの影響で対面授業ができなくなったことが大きいですね。我々のゼミには岡三証券へのインターンシップがあります。実際に株価のモニターを見たり、証券会社の就活に参加したりして学びを得ることが可能です。ところが、現在はコロナの影響でインターンシップもすべて中止になっています。オンラインで実施できるものもありますが、雰囲気やコミュニケーションが伝わりにくく、非常にもどかしい。こうした状況がすでに3年ほど続いており、コロナによる影響を多大に受けている状況です。

金融教育における課題としては、高校教育との連続性が日本では弱いと感じます。大学や社会人になってからの連続性も同様です。これを改善するために、家庭科などで金融教育を取り入れる必要があります。ただし、現状では家庭科の時間が限られているため、1~2時間程度しか割けない状況が続いています。また、日本では「教育においてお金に関する話は避けるべきだ」という意見があります。「お金の教育をして、子供たちを投機やバクチの世界に引き込むのか」と考える年配者の方も、一定数存在します。そうした金融教育に対するネガティブな考えを変えていくことも、今後必要になってくると思います。

ほかに感じる課題としては、奨学金の例があります。駒沢大学でも、学生の15%程度が学生支援機構の貸与型奨学金を借りている状況です。貸与型の奨学金の場合、月に10万円ほど借りていると、卒業時に400万円近いローンを抱えることになります。つまり、社会人になるのと同時にお金の管理を求められるということです。そうした背景からも、大学生のうちにお金の管理についてしっかり学んでほしいと思っています。

ー私の友達にも、貸与型の奨学金を借りて、社会に出てから毎月5万円を返済している人がいます。生活に余裕がなくなってしまうケースもあるため、高校や大学で金融知識をしっかり固めておくことが大切だと感じました。また、株式とギャンブルの違いを理解していない人も多いと思います。金融教育が浸透し、個人が資産を作れる社会になることを望んでいます。本日はありがとうございました。

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