株式会社レバレッジ
(画像=特定医療法人南山会)
川﨑 洋介 ―― 理事長
2001年杏林大学医学部を卒業後に杏林大学医学部付属病院精神神経科で研修をおこなう。2003年杏林大学大学院医学研究科に進学し軽度認知障害に関する研究をおこなう。2007年大学院卒業後に特定医療法人南山会峡西病院に入社し、また杏林大学医学部付属病院でも外来診療を続ける。2013年より非常勤講師として同大学の学生教育もおこなう。2018年峡西病院の院長に就任し、2022年に同法人の理事長に就任する。
「医療と福祉と介護の力で、誰もが「幸せだ」と思える世界を創造する」をパーパス(存在意義)にして活動している。精神疾患、認知症疾患の方を対象に入院・外来診療、リハビリテーション診療の精神医療サービスを提供する。また、精神障がい者を対象に訪問看護ステーションおよび福祉事業所において看護サービス、福祉サービスを提供する。さらに高齢者を対象に介護老人保健施設の通所・入所介護サービスを提供する。

目次

  1. これまでの経歴
  2. 地域と密着してきた歴史とその強みについて
  3. ブレイクスルーとなった出来事、成長ドライバーについて
  4. フィロソフィ経営を実現するために重要視していること
  5. 今後の経営・事業戦略や展望
  6. ZUU onlineのユーザーに一言

これまでの経歴

—— これまでのご経歴を教えていただけますか?

特定医療法人南山会 理事長・川﨑 洋介氏(以下、社名・氏名略) 私は医学部を卒業後、精神医学を専門に医療に従事してきました。精神科医としての経験を積む中で、経営学にも興味を持ち、大学院で医学を学びながら産業能率大学の通信制で基礎的な経営学を学びました。

2018年には峡西病院の院長に就任しました。その時点で、医療だけでなくマネジメントも学ぶ必要があると感じ、経営に関する書籍を独学で読み漁りました。その中でも、特に稲盛和夫さんのフィロソフィ経営に関心を持ちましたね。2022年には経営の立て直しを急遽任されることになり、四代目の理事長に就任しました。

経営学を学んだと言っても、経営の素人でしたので、困難を感じることも多かったです。そのため、山梨イノベーションベースという起業家たちの集まりに参加し、スタートアップ企業の成功事例を学んでいます。さらに、医療経営についても学ぶ必要があると感じ、2023年には日経ヘルスケアの病院経営プロフェッショナル育成塾に通いました。

今年度からは、これまで得た知識を活かし、パーパス経営や人的資本経営に取り組んでいます。

地域と密着してきた歴史とその強みについて

—— 御社の強みについて教えていただけますか?

川﨑 峡西病院は、医療法人として1957年に設立されましたが、病院自体は1953年に精神科の病院として始まりました。当時、精神科医療のニーズに応えられる病院は非常に少なく、地域のニーズに応える形で開院されました。

1991年には精神障害者の社会復帰が社会的に注目され、障害福祉施設を設立しました。また、1993年には高齢化社会が社会課題として注目され、介護老人保健施設を立ち上げ、最近では、2015年に在宅医療のニーズに応えるために訪問看護ステーションを設立しました。このように、時代や地域のニーズ、社会課題に合わせて事業を拡大してきたのです。

—— 現在の課題や、それに対する取り組みについて教えていただけますか?

川﨑 医療業界は、特に人材面や診療報酬制度の面での課題があります。診療報酬制度では、厚生労働省が決定した価格でサービスを提供しなければならず、営利目的ではないため、よいサービスを提供してもそのぶん利益が上がるわけではありません。逆に、手抜きをすれば利益が出るという矛盾もあります。

病院や介護施設が存続するためには、サービスの質と経営のバランスが重要です。よいサービスを提供しすぎると原価がかかりすぎて存続できなくなるし、利益を優先しすぎると職員のモチベーションが下がります。医療や介護に携わる人々は、社会貢献性を重視していますので、バランスを大切にしなければなりません。

私が立て直しを迫られた時期は、経営のバランスが崩れていた時期でした。経常利益は黒字でしたが、営業利益が赤字に転落し、人件費がかさむなど経営上の問題がありました。正直どうすればいいのか分からないところからの始まりでしたが、稲盛和夫さんのフィロソフィ経営を参考に、試行錯誤しながら進めていきました。黒字化を目指しつつも、利益を前面に出すのではなく、フィロソフィを持ってもらうことから始めました。きちんとした道理を持って利益を出すことは決して悪いことではないという理解を職員に持ってもらいたいと思いました。

ブレイクスルーとなった出来事、成長ドライバーについて

—— 峡西病院の経営において、ブレイクスルーとなった出来事や成長ドライバーについてお聞かせください。

川﨑 医療や介護の現場は専門家の集まりで、縦割りの職能組織になりがちです。そこで、各病棟の運営を横軸にした事業体組織を考えました。しかし、独立採算制になると、診療報酬のように自分たちで値決めできない部分が多く、不公平感が生じることがあります。たとえば、同じ労働をしても病院と介護施設で得られる利益が異なることがあるなどです。そのため、当法人ではマトリクス組織を採用し、職能と事業体の両方を網目状にして、協力し合いながら運営する形を整えています。トヨタのような企業が採用している手法を参考にし、医療業界に適用することを試みています。

—— 組織の変革には時間と労力がかかると思いますが、2年間の成果や課題はありますか?

川﨑 医療介護業界は高信頼性組織と言われ、失敗が許されない厳しい条件下で活動しています。そのため、新しいことを始める際にはリスクが大きいとされ、変化やイノベーションが起こりにくいのが現状です。プランをどんなに練っても、まったくリスクがないことはありません。医療従事者はリスクを嫌う傾向があり、変化を受け入れるのが難しいです。そこで、リスクを承知の上で新しいことを始める理解を得ることが必要だと気づいたのです。アカウンタビリティを意識し、自分の思いをしっかり説明して理解を得ることが重要だと学びました。

最近は、「経営雑談会議」として職員に経営の考え方や現状を共有し、意見交換をおこなっています。これにより、職員が新しいことに対する理解を深め、腹落ちしやすくなることを目指しています。

フィロソフィ経営を実現するために重要視していること

—— フィロソフィ経営というのを掲げていらっしゃるということですが、そのあたりで意識されていることや重要視されていることについてお聞かせ願えますか?

川﨑 フィロソフィ経営は、医療業界とは直接関係がないように感じられるのですが、医療業界は社会貢献性の高いソーシャルビジネスでもあることから、なんとなくよさそうだと思い、私自身のフィロソフィを毎月発信し続けてきました。最初は皆が腹落ちしない中での試みでしたが、徐々に共感が広がり、職員も少しずつ理解してくれるようになりました。

また、スタートアップ企業の話を聞いていて、自分の中で考えることがありました。よく大企業は「夢はないけどお金はある」、ベンチャー企業は「夢はあるけどお金はない」と言われますが、「最近ではベンチャー企業も大企業に負けないくらい収入が上がってきています」と、あるスタートアップ経営者の方が言っていたんですね。そうした中で、自分たちの医療介護業界は「夢もないしお金もない」という状況になっているのではないかと感じました。診療報酬制度という公的な価格設定の中で、利益を追求するのは難しいですが、夢のある業界にしていくことが必要だと思いました。

そのため、パーパスや人的資本を考えるようになりました。当法人では「医療と福祉と介護の力で、誰もが幸せだと思える世界を創造する」というパーパスを掲げていますが、職員全員にパーパスを自分ごととして体感してもらい、幸せを感じてもらうために、会議では管理監督者に事業報告だけでなく「幸せ報告」をしてもらう機会を作ったり、一般職員には「幸せカード」を配布し、幸せだと思わせてくれた人にメッセージを書いて渡してもらう、賞賛し合う文化を取り入れています。赤字を黒字にするために、ただお金儲けを目指すのではなく、夢を持って働くことで結果として利益を生むという考え方を大切にしています。

今後の経営・事業戦略や展望

—— 今後の経営事業戦略について伺いたいのですが、特に業界全体やグループ全体を盛り上げるために、どのような構想をお持ちでしょうか。

川﨑 一番重視しているのは、「選ばれる法人になろう」ということです。これは、患者さんや利用者さんから選ばれることはもちろん、地域からも選ばれることを意味します。そして、職員からも選ばれる法人、病院でなければならないと考えています。しかし、私たちがこれまで欠けていた部分は、医療従事者が自己犠牲を美学として捉えている点です。患者さんのためなら苦労するのは当然だという考え方が、法人内にもありました。

職員のエンゲージメントやインナーブランディングを重視し、夢のある業界にするためには、職員が生き生きと働き、夢を持って働いていることが重要です。職員が幸せを感じることが、業界全体の夢につながると信じています。

—— 職員の幸せが重要ということですが、具体的にはどのような取り組みをされていますか?

川﨑 職員が日常の仕事の中で幸せを感じられるようにすることが大事です。給与や賞与が出ることも嬉しいでしょうが、それだけではなく、日常の仕事の中で幸せを感じてもらうことが重要です。たとえば、「幸せカード」のような福利厚生を通じて、職員が幸せを体感できるようにしています。

こうした取り組みを通じて、職員が幸せを感じていると、その幸せは患者さんや利用者さんにも伝わります。幸せに働いている職員から受けるサービスは、患者さんや利用者さんにも幸せを感じさせるでしょう。患者さんや利用者さんが幸せを感じることで、その家族も「この病院に入院してよかった」と思い、幸せになる。こうした幸せの連鎖が生まれると、私たちのパーパスは非常に大きなものになります。

—— 幸せの連鎖が世界に広がるというビジョンですね。

川﨑 そうです。職員が幸せになり、その職員が患者さんや利用者さんを幸せにする。そして、その周りの家族が幸せになることで、日本全体が幸せになり、最終的には世界も幸せになると考えています。私たちがその原点にいることが誇りであり、職員のインナーブランディングにもつながります。自分たちは世界を幸せにする仕事をしていると誇りを持ってもらいたい。それが私の考えです。

ZUU onlineのユーザーに一言

—— 読者に向けて、一言コメントをいただけますか。

川﨑 先ほどもお話ししましたが、医療介護業界は非常に特殊です。一般企業では、営業しか知らない社員がいきなり社長になることは少ないと思います。しかし、医療の世界では、私のように医学しか知らない医者が突然経営者になることがよくあります。医者としては精神科医としてのプライドを持って仕事をしてきましたが、経営者としては全くの素人でした。

このような状況では、まるで転職するような気持ちで経営に携わらなければなりません。自分が素人であることを認め、恥も外聞も捨ててリスキリングに徹しました。また、経営を進める上で、情報が非常に重要だと感じています。情報は自分から積極的に取りに行かないと得られません。

経営者こそが常にリスキリングし、イノベーションを追求する必要があると考えています。医療法人は利益を目的として設立されているわけではないため、投資の対象にはなりにくいかもしれません。しかし、だからこそ、夢のある医療介護業界を築いていきたいと考えています。読者の皆さんには、そうした部分に期待していただければと思います。

氏名
川﨑 洋介
社名
特定医療法人南山会
役職
理事長