世界最大規模の資産運用会社である米ブラックロックは、個人投資家の間でも知られる存在だ。同社の株買いが表面化すると、株価も動意を強めるためだ。その日本法人で運用のトップである取締役チーフ・インベストメント・オフィサー(CIO)を務めた経歴を持ち、現在は企業成長のサポート業務を手掛けるエリューを設立した河野眞一氏に、現在の株式市場と日本のベンチャービジネスについてインタビューした。
(取材・構成 三枝裕介 文・天野秀夫)
M&AとITで急成長を遂げたブラックロック
――ご出身先のひとつであるブラックロックに対する個人投資家の関心が高まっています。ブラックロックという会社はどのような運用会社なのでしょうか。
まずは、ブラックロックの設立からの成長経緯と特徴を説明しましょう。2006年にブラックロックがメリルリンチの資産運用会社(MILM)を買収しました。それまでのブラックロックは、主に債券運用を中心とする機関投資家向けビジネスが中心でした。特にMBS(不動産担保証券)というモーゲージローンを証券化した債券運用を得意としていました。元々、私はMLIMにいて、当時は200名規模、一方、ブラックロック・ジャパンは野村グループとジョイントベンチャーを立ち上げていて、純粋な出身者は5名程度だったと記憶しています。「小が大を飲み込む」M&Aとして注目されました。
その後、2009年にバークレイズの資産運用部門(バークレイ・グローバル・インベスター/BGI)を買収し、バークレイズの持つETF部門を取り込みました。ブラックロクックは元々、IT(情報技術)に強い会社で、「IT会社が運用」を手掛けているというイメージがあり、債券運用とIT技術による米国中心の事業でした。しかしメリルリンチの事業部門の買収で、株式運用部門と顧客層として個人投資家の営業部門、そして世界に展開する拠点を手に入れたわけです。運用のスタイルを深堀する買収に成功、企業成長に弾みがついて約20年で急成長を遂げました。
――M&Aとともに、金融・証券界でもITに強かったことが成長のエンジンとなったわけですね。
私はMLIM時代にリスク分析部門にいました。M&A後のブラックロックではリスク分析部の幹部につき、アジアのリスク管理統括者を経て、運用部門を統括するCIOに就任しました。通常ですと、リスク分析・管理部門の人間が運用部門のヘッドになることはあまりないのですが、これがブラックロックの面白いところでした。
ブラックロックの特徴の一つに、フロントからバックオフィスまで一気通貫で処理できる「アラジン」というシステムがあります。基本はIT会社だったといっても差し支えないでしょう。リスク管理は警察官的なイメージがありますが、ブラックロックのリスク管理部門は運用者に潜在リスクを認識させ、リスクが表面化した際に迅速な対応をとることができるように指導する運用者のパートナー、助言活動を中心としていました。そのため、ブラックロックのCIOには、リスク管理部門の出身者が多いという特徴もあります。アラジンのメンテナンス担当者の朝は早く、入社するとこの部門にまず配置されていました。アラジンは会社の根幹なので、この部署にいると会社のフロントからバックまですべてわかります。そして、ここでよい成績を挙げれば、希望の部門に移ることができる人材育成の仕組みとなっていたのです。
「円安=株高」のロジックはもはや通用しない
――2022年に入っての株式市場は不安定な展開が継続しています。これまでの経験から日本の運用者に、今ならどのようなアドバイスをされるでしょうか?
私自身としては、現在の日本株相場にネガティブな印象を持っています。そのため、リスクを抑えた運用をアドバイスすると思います。日本経済は厳しい展開を予想しています。アベノミクスの一手段としてあった「大胆な金融緩和」は最後の賭けだと思っていました。ただ、これは時間が限られる政策であり、日本経済の中身が改善されていないと改革に歪(ひずみ)が生まれます。また、日本企業に新陳代謝ができていないことも問題点でした。
今回のシナリオを予想すると、バブルが崩壊する形ではなく、債権市場が崩壊するという懸念を持っています。それがどのようなきっかけで起こるかですが、私は為替だと思っています。経常収支の赤字は構造的問題となっており、このまま円安傾向が続く可能性が高いでしょう。最終的には「日本国売り」につながるリスクを危惧しています。日本では給与水準が上がらず、年金生活者の生活も厳しくなる現象が続き、来年か再来年あたりからこの影響が出てくるのではないかと心配しています。
――かつて黒田東彦日銀総裁は、1ドル=125円が円安の限界ラインと発言していました。
すでに「黒田ライン」は突破しており、今後は1ドル=200円台まで行ってもおかしくありません。むしろ、そのトレンドに乗ってしまうのではないかと考えています。リスクに対して国民が敏感になると、その動きはさらに加速してしまいます。一般的に投資家は、「円安=株高」というイメージを持っていますが、そのロジックはすでにないと思っています。
――日本では新しい企業が育たない、産業構造の改革が進まないとの懸念もあります。
リスクマネーが日本にないことが一つの要因です。日本では「投資」といいますが、その言葉は「資本を投げる」を表しています。海外では「インベスト」で、「ベストを着せる」という意味になります。一つの投資に対して、観点や文化が違うところがあるのは仕方がありませんが、欧米のベストを着せるという意味からは暖かさが感じられます。日本でベンチャーが育たない背景には、成功者がお金を投げるだけなく、サポートしていかないと育ちにくいことを学ぶべきでしょう。米国では、成功者が真にベンチャーを育てようとしています。それが具体的に表れているのが、米サンフランシスコのIT軍団の存在です。日本も昔よりは変わってきましたが、意識改革はまだまだと感じています。
ノンカバレッジ小型株に成功の種
――ブラックロック時代には巨額な資金を運用されていましたが、規模が大きいことでいろいろな規制もあったと思います。転じて、ブラックロックではできないことが日本の個人投資家にはできるとの考え方もありますが、いかかでしょうか?
大手運用会社は企業なので収益を上げなくてはいけない。そのため、収益が上がらないファンドは組成できません。超小型株や地方のベンチャーだけで1000億円規模のファンドを作ることは事実上、難しいのです。逆に言えば、大手運用会社が経済的な観点から手を出さない分野が個人投資家にとっては一番の魅力となるはずです。それが上場株では、「アン・カバレッジ」と呼ばれる、いわゆる証券アナリストがカバーしていない超小型銘柄などで、業績向上や事業拡大期待がある銘柄をピックアップしていくことが成功の秘訣だと思います。
一方、大型株を中心に運用している大手運用会社の主力顧客は年金基金関係です。年金基金の代表者は国会等で運用成績を答弁しなくてはなりません。そのため大手運用会社の運用者は、5~10年間にわたる長期的な成果だけではなく、1年程度の短期的な成果をあげることも求められ、ターンオーバーが高くなる傾向があります。本来の長期投資という考え方が広がってきてはいますが、大手の会社ほど長期投資ができていないと言えます。これは、日本社会の仕組みが生んだ日本固有の問題点とも言えますが……。
インフレヘッジのために大型株への投資を考えている方には、ここ数年で時価総額TOP300に入り、安定成長超軌道に乗った企業に分散投資するのが良いのではないでしょうか・
――年初からは日本の株式市場は不安定な展開となっています。
通常ならば、3月末の決算前に株は上がる傾向があります。運用スタイルが「ロング・ショート」の機関投資家は、空売りするために借りてきた株式は決算期の前に返さなくてはいけません。そうすると、3月の期末までに売りポジションを閉じることになり、株価が上昇するわけです。一方で、その需給の反動が4月や「セルインメイ」といわれる5月に表れます。ファンダメンタルズを無視して、需給の影響が相場において強まるわけです。
――米国株についてはどのように見ていますか?
米国は強いと思います。こういう世界情勢だと、世界の基軸通貨である米ドルが支える米国経済は特に強いと言えます。ドルが強いから米国経済が強い、米国経済が強いから米国株も強い、という現象です。通貨も資産であり、それが弱いということはあらゆる面でひずみが出てきます。日本にとっては、現状での円安は警戒されます。
地方の第一次産業に日本経済成長のヒントあり
――現在、代表を務めていらっしゃるエリューでは、どのような活動をされているのでしょうか。
私は、日本経済の可能性を信じており、日本から世界に飛び出す企業をどう応援できるかのお手伝いをしています。日本にも、そういう可能性を秘めた企業はあるはずです。東京などの大都市圏では、国家が旗を振っているDX(デジタルトランスフォーメーション)政策などが効果を発揮するかもしれませんが、地方では経済規模や大都市とは違うインフラの問題もあります。地方の企業であれば、地方ならではの経済規模と、特徴にあった地方経済活性化策を編み出す必要があると考えています。そうしたことに関連する人材は地方には確実にいます。さらに、地方が持っている独自のインフラもあります。現在、私が手掛けているのは、地方の第一次産業分野です。農業、林業、漁業やその周辺のエネルギー関連が活性化できる事業に注力したいと思います。
――今後、エリューではどういうことをしたいと思っているのでしょうか。
地方経済を変革したいと思い、第一次産業関係者ができる地方経済活性策の具現化のサポートを手掛けています。一例として、九州の天草(熊本県)では、有機栽培グループのビジネスをサポートしています。カーボン・ファーミングと言う二酸化炭素を地中に固定する農法が注目しています。単なる身体にいいという有機栽培だけでなく、カーボン・ファーミングで脱炭素にも貢献するという、第一次産業に新たな付加価値を創出する手助けをしたいと思っています。
生態系は「山」から始まります。山が良好に保たれれば、川や海の水もきれいで肥沃な土地もできます。現在の第一次産業のサプライチェーン、バリューチェーンを改革して豊かな土地を生み出せば、農作物が採れるだけでなく、自然も豊かになり、ひいてはそこに観光業も編まれてきます。大都市にはない自然のインフラが地方にはあるのですから。