京都府北部・福井県嶺南エリアを中心に、約650社の会社を支えるA[エース]社会保険労務士法人。代表の足立徳仁氏は、30名ものスタッフを抱え、社労士単独の事務所としては京都府内屈指の組織を率いています。

家業を継ぐという素朴な動機から始まった彼のキャリアは、ある「衝撃的な顧客の声」をきっかけに、単なる手続き代行ではない、経営者に寄り添う「提案型社労士」へと進化を遂げました。

人手不足、物価高、インフレ。中小企業を取り巻く環境が激変する中で、なぜ彼は労使の幸せを目指すのか。その根底にある哲学と、AIをも活用する次世代の組織戦略に迫りました。

今回お話をお伺いした方
足立 徳仁(あだち のりひと)氏
A[エース]社会保険労務士法人 代表社員/特定社会保険労務士
大学卒業後、祖父の代から続く社労士事務所に入所し、2004年に社会保険労務士試験に合格。2012年に法人化を果たし、A社会保険労務士法人の代表社員に就任。現在は京都府内に4拠点を展開し、約30名のスタッフとともに顧問契約・給与計算業務に加え、助成金活用や企業型DC導入、DX支援など、経営課題に寄り添う「提案型事務所」として中小企業の成長を支援している。

現場の期待を力に変えた「三代目の覚悟」

――足立先生の事務所は昭和28年創業と、非常に長い歴史をお持ちです。まずは、事務所の歩みと、足立先生ご自身がこの仕事に向き合うようになった背景からお聞かせください。

足立 徳仁氏(以下、足立氏):私の祖父が国鉄の労働組合で労務関係の仕事をしており、昭和28年に舞鶴市で開業したのが始まりです。その後、祖父が48歳という若さで急逝したため、私の両親が慌てて資格を取得し、個人事業としてこの事務所を守り続けてきました。

私自身は2000年に大学を卒業後、販売業や飲食業に携わっていましたが、2003年に地元・舞鶴へ戻りました。そこで事務所の現場に触れる中で、仕事に対する見え方が一気に変わったんです。

――どのような点が、転機になったのでしょうか。

足立氏:戻ってきてすぐに、現場の期待値の高さを感じました。見られている分、実力で応えなければならない。そう思うほど、学ぶべきことが明確になっていったんです。

「早く一人前として役に立ちたい。誰よりも仕事ができるようになりたい」。その気持ちが、勉強の原動力になりました。

事務処理の代行者から「耳寄りな話」を届けるパートナーへ

――資格取得後、実務を重ねる中で、ご自身の「仕事の定義」が変わるような出来事はありましたか。

足立氏:登録して数年経った頃、ある大切なお客様から言われた言葉が、私のその後の人生を決定づけました。

当時、私は社労士の仕事とは「正確な給与計算を行い、保険料の計算をして、書類を納品すること」だと思い込んでいました。しかし、ある日の納品時、その経営者様からポツリと言われたんです。「足立君が来ると、"お金を払う話"ばっかりやな」と。

――それは、足立先生にとっては予想外の反応だったのでしょうか。

足立氏:はい、衝撃的でした。私は正確に実務をこなし、法的に必要な支払額を伝えているのだから、喜ばれるはずだと思っていました。でもお客様から見れば私は、「社会保険料を払ってください」「給料を支払ってください」と支出の話を持ってくる、憂鬱な存在だったんです。

「喜ばれると思っていた仕事が、実は相手の心を重くしていた」。その事実がショックで、自問自答を繰り返しました。私たちは何のために存在しているのか。顧問契約を結び、報酬をいただく価値とは何なのか、と。

――その自問自答の末に、辿り着いた答えは何だったのでしょうか。

足立氏:それは「経営者の方に幸せになっていただきたい」というシンプルな想いでした。

では、経営者が幸せになるために必要なことは何か。それは、そこで働く従業員の皆さんも幸せであることです。経営者だけが潤っても従業員が不満を抱えればトラブルになりますし、逆に従業員の要望ばかり通せば会社が持ちません。

本来、仕事は社会に貢献し、生きがいを感じる尊い時間のはずです。それなのに、労使トラブルや不信感で、仕事が「マイナスの時間」になってしまう現場があまりに多い。

――労使の利益が相反するものではなく、同じ方向を向くためのサポートこそが、社労士の役割だと。

足立氏:その通りです。経営者と従業員の幸せが重なり合う、正解のない「ネバーランド」のような理想郷を目指す。そのためのルール作り(就業規則)や環境整備を、経営者と同じ目線で考え、伴走者になること。これこそが、私が目指す「サービス業としての社労士」の姿だと定義しました。

単なる事務処理は、できて当たり前の前提に過ぎません。その先にある「耳寄りな話(提案)」で会社をプラスの方向に変えていく。私はこの姿を、自分の中で「提案型社労士」と呼んでいます。この決意が、現在のA社会保険労務士法人の礎となっています。

「手続き」と「提案」を分けた分業改革

――その「提案型社労士」という理想を実現するために、事務所の組織体制も大きく変えられたと伺いました。

足立氏:はい。社労士への不満で多いのは「何か起こった時しか動いてくれない」という点です。入退社、トラブル、解雇など、事象が起きてから対処する「後追い」中心では不十分だと言われてしまう。

そこで私は、組織を思い切って分業しました。書類作成や事務処理などの「手続きを行うチーム」と、助成金やDX化などを「提案するチーム」に分けたのです。

――一人の担当者が両方を行う方が、お客様との関係性は深まりそうですが……。

足立氏:理想はそうかもしれませんが、現実的には難しい。給与計算など締め切りがある業務の合間に、「今起こっていないこと(提案)」まで考えるのは物理的に手が回りません。どうしても目の前の業務が優先され、提案は後回しになります。

私は自分が万能ではないと分かっています。だから、提案を最優先で動く専門チームを作りました。お客様が知らない情報を先回りしてお伝えできるようになった。これが、年間400社以上のサポートを実現し、京都最大級へと成長できた大きな要因です。

福利厚生で採用と老後不安を同時に解決する「選択制DC」

――現在、足立先生が最も力を入れている「提案」とは何でしょうか。

足立氏:今、私たちが最も注力し、多くの中小企業経営者に喜ばれているのが「企業型確定拠出年金(企業型DC)」の導入支援です。

今の日本は、長らく続いたデフレを脱却し、インフレ局面に入ってきました。これは中小企業にとって大きな転換点です。物価が上がれば現金の価値は目減りします。従来の「ただ現金を積み立てる」だけの退職金制度では、従業員がリタイアする頃に、価値が大きく減っている可能性があります。

――それは従業員にとって深刻な老後不安に直結しますね。

足立氏:その通りです。そこで私たちは、従業員が自らの意思で老後資金を効率的に運用し、育てていける「選択制DC」を提案しています。

これまで企業型DCといえば「大企業が導入するもの」というイメージが強かったのですが、私たちは社労士仲間と連携し、中小企業でも導入しやすい形を整えてきました。場合によっては、社長お一人の会社でも検討できるケースがあります。

これは単なる年金制度ではありません。経営者から従業員への「あなたの将来を、会社は一緒に真剣に考えている」という強いメッセージであり、福利厚生としての価値にもつながります。

――採用面でも大きな武器になりそうですね。

足立氏:おっしゃる通りです。最近の新卒学生や求職者は福利厚生を非常に重視します。大手企業並みの年金制度があることは、中小企業にとって採用上の大きな差別化要因になります。実際に、新卒採用に苦戦していた企業がこの制度を導入したことで、学生の反応が劇的に変わった例もあります。

経営者も一緒に加入でき、税務上のメリットにつながる点も、中小企業経営者にとっては非常に魅力的な「耳寄りな話」となっています。

人手不足を突破する「働きやすさ」と「外国人雇用」のリアル

――制度を整えても、そもそも「人が集まらない」という人手不足の問題は深刻です。特に足立先生の拠点である京都府北部(舞鶴市など)の状況はいかがでしょうか。

足立氏:人手不足は、もはや「悩み」というレベルを超え、企業の存続を左右する「死活問題」になっています。

人手不足への処方箋はエリアによって異なります。都市部なら、他社より少しでも「働きやすさ」を磨いて選ばれる努力が必要です。一方、舞鶴のような北部エリアや嶺南エリアでは、そもそも若い世代が物理的にいないという、より深刻な現実があります。

――「働きやすさ」以前に、分母となる若者がいない。この難題にどう立ち向かうべきでしょうか。

足立氏:親の心理として、子供には可能性のある都市部に行ってほしいと願うのは自然なことです。これに抗うのは簡単ではありません。だからこそ地方の企業が生き残るには、固定観念を捨て、多様な力を借りる勇気が必要です。その一つが「外国人雇用」です。

今や外国人の方の力なくしては立ち行かない産業は多くあります。私たちはビザの手続きだけでなく、安心して働ける就業規則の作成、翻訳、雇用契約の整備・助言まで、総合的にサポートしています。人手不足で倒産する「人手不足倒産」を食い止めるためにも、こうした選択肢を経営者に提示するのは、私たち社労士の大切な役割だと考えています。

働き方を変える「DX」と、知見を資産にする「AI」

――人材確保や定着を考えるうえでも、日々の業務をいかに効率化できるかは重要です。足立先生の事務所では、ITやデジタル活用の支援にも力を入れているのでしょうか。

足立氏:はい、力を入れています。というのも、事務処理の効率化はお客様の利益に直結するからです。勤怠管理や給与計算のクラウド化、Web明細の導入などを推進しています。

紙のタイムカードで勤怠を管理し、手書きの明細を渡す。こうした運用は「手間」も「ミス」も生みやすく、中小企業の生産性を大きく削いでしまいます。IT導入を支援することで、経営者は本来集中すべき「本業」に時間を割けるようになる。私たちがDXを提案するのは、最新ツールを売りたいからではなく、業績アップにつながる確度が高いからです。

私たちの事務所には現在30名のスタッフがいます。日々、多種多様な労務相談と解決策、法改正への対応実績が蓄積されていく。これは本来、事務所にとって計り知れない価値を持つ財産です。しかし、これまでの士業の世界では、その情報は各担当者の頭の中に「経験値」として蓄積されるだけで、組織全体で活用するのが難しい側面がありました。

――その「個人の経験」を「組織の資産」に変えるのがAIだと。

足立氏:その通りです。私たちは日々蓄積される膨大な相談データや解決事例を、AIを使ってデータベース化するプロジェクトを進めています。

これまでは「ベテランの社労士が10年かけて培ってきた勘」が頼りでしたが、仕組みが整えば、入社1~2年目の社員でも過去の知見に瞬時にアクセスし、最適な回答を引き出せるようになります。

――それは、お客様からすれば、誰が担当になっても常に最高レベルの回答が得られるということですね。

足立氏:ええ。スピードと精度の両面で、個人の限界を超えたサービスを提供できます。10年やっているベテラン1人の知恵よりも、AIで整理された30人分の「集合知」の方が、お客様にとって価値のある「提案」を生み出せると確信しています。

テクノロジーは人を排除するためにあるのではなく、人がより創造的で、よりお客様に寄り添った仕事をするためにある。私たちはAIを使いこなすことで、事務作業の時間を最小化し、経営者の悩みに耳を傾ける時間を最大化したいと考えています。

経営者のパートナーとして伴走し続ける

――最後に、この記事を読んでいる全国の中小企業経営者の方々へ、これからの成長に向けて大切だと思うメッセージをいただけますか。

足立氏:今、社労士に対する社会的なニーズは、私がこの世界に入った頃とは比べものにならないほど大きくなっています。人手不足、働き方改革、コンプライアンスの徹底……。経営者が一人で抱え込むには、あまりに重く、複雑な時代になりました。

だからこそ、私は経営者の皆さんに「社労士を、自社の成長のために使い倒してほしい」とお伝えしたいのです。

かつて「足立君が来るとお金の話ばかりだ」と言われたあの日、私は社労士としての本当のスタートを切りました。その原点を忘れず、これからも私たちは30名の専門スタッフの知恵を結集し、テクノロジーを温かいサービスに変えて、お客様の「最高の伴走者」であり続けたい。

どんな些細なことでも構いません。人事労務の専門知識は、地元の企業を輝かせるためにあります。共により良い会社を作っていきましょう。準備は、いつでも整っています。

――足立氏が掲げる"提案型社労士"という姿勢、そして「集合知×AI」による仕組み化は、属人的になりがちな士業の限界を超え、誰が担当しても質の高い提案が届く体制をつくる挑戦です。今後の展開から、ますます目が離せません。

今回お話を伺った企業
A[エース]社会保険労務士法人
この記事のインタビュアー
竹澤 佳
著者NET MONEY編集部 編集長
詳細はこちら 立教大学大学院修了。流通業界専門の出版社で編集長を務めた後、IT企業のメディア部門に転職。現在は金融ジャンルに特化し、クレジットカード・カードローン・証券などの取材、編集執筆に従事。与信審査や金融商品比較など専門性の高いテーマを多数手がける。自身でも5枚のクレジットカードを使い分け、暗号資産・株式投資・外貨投資で資産運用中。

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